あの日から3年、藤浪晋太郎が帰ってきた。ただし、敵として。
2025年7月18日午後2時。横浜市内のホテルに詰めかけた報道陣の前に、藤浪晋太郎(31)が現れた。身にまとっているのは、見慣れない横浜DeNAベイスターズのユニフォーム。背番号27。
「阪神は敵になる」
この一言が発せられた瞬間、会見場の空気が凍りついた。10年間、阪神タイガースのエースとして甲子園のマウンドに立ち続けた男が、まさか敵として戻ってくるなんて―。
「オファーはなかった」阪神との決別
記者から古巣・阪神からのオファーについて問われると、藤浪は一瞬の沈黙の後、「残念ながらオファーはなかった」と答えた。その表情に、わずかな寂しさが滲んだ。
阪神関係者によると、現在の投手陣は12球団屈指の層の厚さを誇る。青柳晃洋(33)、西勇輝(34)、そして若手の村上頌樹(26)、才木浩人(26)まで、先発ローテーションは満員状態だ。
「正直、藤浪が戻る枠はなかった。でも、10年間チームに貢献してくれた選手に声もかけないのは…」(阪神球団関係者)
甲子園の記憶「18歳で初めて立ったマウンド」
藤浪と甲子園の物語は、2012年春のセンバツから始まった。大阪桐蔭のエースとして春夏連覇を達成。その年のドラフトで阪神が1位指名した瞬間、運命の歯車が回り始めた。
年度 | 成績 | 印象的な出来事 |
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2013年 | 10勝6敗 | 新人王獲得、開幕投手に大抜擢 |
2016年 | 14勝7敗 | 自己最多勝、エース確立 |
2020年 | 1勝6敗 | 制球難で苦悩の日々 |
2022年 | 0勝1敗 | メジャー挑戦を決意 |
「甲子園は僕の原点。18歳で初めて立ったマウンドの感触は今でも覚えている」と藤浪は振り返る。その聖地に、今度は敵として立つことになる。
「ブーイングされても仕方ない」覚悟の告白
会見で最も印象的だったのは、甲子園での対戦について語った瞬間だった。
「ブーイングされなければいいですけど(笑)」
軽い冗談のように聞こえたが、その笑顔の裏には複雑な思いが透けて見えた。阪神ファンの反応も様々だ。
阪神ファンの声(SNSより)
- 「10年間ありがとう。でも甲子園では容赦しない」(40代男性)
- 「藤浪が敵のユニフォーム着てるの見たくない」(30代女性)
- 「正直、大山や佐藤に死球当てないか心配」(50代男性)
- 「どんな形でも甲子園に帰ってきてくれて嬉しい」(20代男性)
特に印象的なのは、藤浪の制球難を心配する声だ。現役時代、藤浪の与死球数は89個。これはセ・リーグ最多の不名誉な記録でもある。
DeNAが賭けた「藤浪晋太郎」という可能性
なぜDeNAは藤浪を獲得したのか。三浦大輔監督(51)の言葉にヒントがあった。
「彼のポテンシャルは誰もが認めるところ。メジャーで苦労したからこそ、今の藤浪には昔にはなかった何かがあるはず」
DeNAの狙い
- 即戦力の先発投手確保
現在3位、首位阪神と10.5ゲーム差。逆転優勝には投手力強化が不可欠。 - 話題性による観客動員増
元阪神エースの加入は大きな話題。特に対阪神戦は満員が予想される。 - 若手投手への刺激
メジャー経験者の練習姿勢や考え方が、チーム全体に好影響を与える。
推定年俸5000万円。これは「賭け」とも言える投資だが、DeNA球団社長の岡村信悟氏は「藤浪の可能性に賭ける価値はある」と断言した。
メジャーでの挫折、そして学んだこと
2023年、アスレチックスでメジャーデビューを果たした藤浪。しかし、現実は厳しかった。
球団 | 成績 | 防御率 |
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アスレチックス | 2勝5敗 | 8.13 |
オリオールズ | 2勝1敗 | 6.75 |
メッツ | 0勝1敗 | 14.40 |
マリナーズ(3A) | 登板後退団 | – |
「メジャーで学んだことは多い。技術面もそうだが、何より精神面で成長できた」と藤浪は語る。かつての「イップス」に苦しんだ投手が、異国の地で何を掴んだのか。
佐藤輝明との初対決「今一番のバッター」
会見で「最も対戦したい選手」を問われ、藤浪は即座に答えた。
「佐藤輝明選手。今、たぶんリーグで一番のバッターだと思う」
佐藤は藤浪が阪神を去った後に台頭した若手の主砲。2025年シーズンは打率.312、25本塁打と絶好調だ。先輩と後輩、エースと4番。この対決は必見だろう。
元チームメイトとの再会
- 大山悠輔(30):藤浪と同じ2012年ドラフト組。「複雑だけど楽しみ」とコメント
- 中野拓夢(28):藤浪を「晋さん」と慕う。「全力でぶつかります」
- 近本光司(30):「藤浪さんの球は知ってる。攻略してみせる」
8月19日、運命の甲子園戦
DeNAと阪神の次回対戦は8月8日から横浜スタジアムで3連戦。しかし、真の注目は8月19日からの甲子園3連戦だ。
藤浪の調整が順調なら、この甲子園シリーズで先発登板の可能性が高い。10年間投げ続けたマウンドに、敵として立つ瞬間。それは日本プロ野球史に残る名場面となるかもしれない。
齊藤明雄投手コーチとの出会い
DeNAで藤浪を指導する齊藤明雄投手コーチ(58)は、「投手再生請負人」として知られる。過去には山口俊(現・巨人)、今永昇太(現・カブス)らを育てた実績がある。
「藤浪の問題は技術じゃない。自信を取り戻せば必ず復活する」(齊藤コーチ)
実際、入団後の練習で藤浪の表情は明るい。「齊藤さんと話していて、霧が晴れた感じがした」と本人も手応えを感じている様子だ。
「まだ終わってない」31歳の新たな挑戦
会見の最後、藤浪はこう締めくくった。
「メジャーの夢は諦めていない。でも今は、DeNAで結果を出すことだけを考えている。まだ自分の野球人生は終わってない」
大阪桐蔭の怪物と呼ばれた18歳。新人王に輝いた20歳。エースとして君臨した20代半ば。そして制球難に苦しみ、メジャーで挫折を味わった30代。
すべての経験を糧に、藤浪晋太郎は新たなスタートラインに立った。それが古巣と敵対する道だとしても。
ある阪神ファンの言葉
会見場の外で、阪神のユニフォームを着た60代の男性ファンがつぶやいた。
「藤浪は永遠に阪神の選手や。敵になっても応援する。でも、阪神が勝つときは全力で応援する。それがファンっちゅうもんや」
愛憎入り混じる感情。それこそが、プロスポーツの醍醐味なのかもしれない。
エピローグ:甲子園が待っている
2025年8月19日。この日付を、多くの野球ファンが手帳に記している。藤浪晋太郎が敵として甲子園のマウンドに立つ日。
ブーイングか、拍手か。それとも複雑な感情が入り混じった、なんとも言えない雰囲気になるのか。
ただ一つ確かなのは、その日の甲子園は、いつもと違う特別な空気に包まれるということ。10年間の思い出と、新たな挑戦への期待が交錯する、忘れられない一日になるはずだ。
藤浪晋太郎、31歳。野球人生の第二章が、今始まろうとしている。