永田町に響く異例の声援「石破辞めないで」
2025年7月25日午後7時、首相官邸前に集まった約600人の市民から「石破辞めるな」「石破踏ん張れ」という声が響き渡った。日本の政治史において、首相の辞任を求めるデモは数え切れないほど行われてきたが、辞任を「止める」デモは極めて異例だ。
この日、長野県への地方出張で不在だった石破茂首相に代わり、官邸の窓からは職員たちが驚きの表情でデモの様子を見下ろしていた。参加者たちは「民主主義を守れ」「石破負けるな」と書かれたプラカードを掲げ、約1時間にわたって首相への激励の声を上げ続けた。
「まさか首相を応援するデモに参加する日が来るとは思わなかった」と語るのは、デモに参加した都内在住の会社員、田中美香さん(34)だ。「私は普段は立憲民主党を支持していますが、今の状況では石破さんに頑張ってもらうしかないと思って」と複雑な心境を明かした。
支持率20%台の危機的状況
石破内閣の支持率は、発足以来最低の20.8%まで落ち込んでいる。複数の世論調査でも同様の結果が出ており、共同通信の調査では22.9%、読売新聞では22%という数字が並ぶ。不支持率は65.8%に達し、「首相は辞任すべき」と答えた人は51.6%に上った。
調査機関 | 支持率 | 不支持率 | 辞任すべき |
---|---|---|---|
時事通信 | 20.8% | 55.0% | – |
共同通信 | 22.9% | 65.8% | 51.6% |
読売新聞 | 22.0% | – | 54.0% |
この危機的な支持率の背景には、自民党が喫した「三連敗」がある。2024年10月の衆議院選挙での歴史的大敗、2025年6月の東京都議会議員選挙での惨敗、そして7月20日の参議院選挙での敗北により、自民党は衆参両院で少数与党に転落した。
参議院選挙では、自民党は改選議席63から39議席へと大幅に議席を減らし、公明党も14議席から8議席に後退。与党合計で47議席と、改選過半数の63議席を大きく下回る結果となった。一方、立憲民主党は17議席から28議席へと躍進し、野党全体で改選議席の過半数を獲得した。
なぜ野党支持者が石破を応援するのか
興味深いことに、この「激励デモ」の参加者の多くは、自民党支持者ではなく野党支持者だった。主催者の一人、市民団体代表の佐藤健一氏(45)は「私は石破氏の政治信条をすべて支持しているわけではない。しかし、彼は最近の自民党では珍しい、言葉で対話できる政治家だ」と語る。
参加者たちが石破首相の続投を求める理由は主に3つある:
- 後継者への懸念 – 特に保守強硬派として知られる高市早苗氏が次期首相候補として有力視されており、より右傾化した政権が誕生することへの不安
- 対話可能な政治家 – 石破氏は自民党内でもリベラル寄りとされ、野党との対話を重視する姿勢が評価されている
- 民主主義の危機感 – 政治の右傾化により、民主主義の基本的価値観が脅かされることへの懸念
実際、デモ参加者へのアンケート調査では、参加者の約7割が「普段は野党を支持している」と回答。その理由として最も多かったのが「高市政権の誕生を阻止したい」(42%)で、次いで「石破氏なら対話が可能」(31%)、「極端な政治を避けたい」(27%)となった。
SNSで広がる「#石破辞めるな」ムーブメント
デモに先立ち、X(旧Twitter)では「#石破辞めるな」というハッシュタグが急速に拡散した。7月24日夜から25日にかけて、このハッシュタグを含む投稿は10万件を超え、一時はトレンド1位に浮上した。
投稿者たちは「今の自民党で最もまともな人」「対話できる最後の砦」といったメッセージを発信し、デモへの参加を呼びかけた。特に注目を集めたのは、著名なジャーナリストの山口二郎氏の投稿だ。「私は自民党政権に批判的だが、石破首相の退陣は日本の民主主義にとってマイナス。より悪い選択肢しか残らない」というツイートは、2万件以上のリツイートを記録した。
ある投稿者は「私は立憲民主党支持者だが、石破さんには辞めてほしくない。彼が辞めたら、もっと極端な人が首相になる」と複雑な心境を吐露している。このような「消極的支持」とも言える現象は、現代日本政治の複雑さを物語っている。
自民党内から噴出する退陣要求
一方、自民党内では石破首相への退陣圧力が日増しに強まっている。参議院選挙での大敗を受け、栃木県連は石破首相と森山裕幹事長の早期辞任を求める要望書を提出。これに続いて、茨城、群馬、千葉の各県連からも同様の声が上がった。
党内保守派の重鎮、安倍派の塩谷立元文部科学相は「もはや石破政権では選挙を戦えない。早急に体制を立て直すべき」と公然と退陣を要求。麻生派の河村建夫元官房長官も「9月の総裁選を待たずに決断すべき時期に来ている」と述べ、退陣圧力を強めている。
特に問題視されているのが、石破首相が昨年末に実施した「お土産券配布」問題だ。自民党の新人議員50人に対し、地元への土産代として1人あたり10万円分の商品券を配布したことが発覚し、「政治とカネ」の問題として野党から厳しい追及を受けている。
石破首相の決意と今後の展望
7月21日、参院選敗北の翌日に石破首相は続投を正式表明した。記者会見で首相は「日本は一刻の政治的停滞も許されない。円安対策、物価高騰への対応、少子化対策など、待ったなしの課題が山積している」と述べ、続投への強い意欲を示した。
しかし、この決断は党内からさらなる反発を招いている。ある自民党幹部は匿名を条件に「首相は現実を見ていない。このままでは党が崩壊する」と危機感を露わにした。
政治評論家の田中宏氏は「石破首相が続投できるかどうかは、今後1〜2か月が勝負だ。8月の臨時国会で野党との協力関係を構築し、具体的な政策成果を出せるかが鍵となる」と分析する。
今後の注目ポイント
- 8月の臨時国会召集と野党との協力関係構築
- 円安対策・物価高騰対策の具体化
- 党内基盤の立て直しと求心力回復
- 9月の自民党総裁選への対応
- 「お土産券問題」の説明責任
歴史的な「応援デモ」が示すもの
首相官邸前で行われた今回の「激励デモ」は、日本政治の新たな局面を象徴している。従来の与野党対立の構図を超えて、「より悪い選択肢を避ける」という消極的理由から現職首相を支持する市民が現れたことは、政治の複雑化と市民の政治意識の変化を示している。
デモ参加者の一人、都内在住の大学生、鈴木翔太さん(21)は「正直、石破さんを積極的に支持しているわけではない。でも、今辞められたら日本の政治はもっと悪い方向に行く気がする。特に若い世代にとっては、極端な政治は避けたい」と話す。
このような「相対的支持」は、現代日本の政治状況の困難さを如実に表している。有権者は理想の候補者を求めるのではなく、「最も害の少ない」選択肢を選ばざるを得ない状況に置かれているのだ。
メディアと識者の反応
この異例のデモについて、各メディアは大きく報道した。朝日新聞は「異例の激励デモ」と題して一面で報じ、「野党支持者が与党首相を応援する前代未聞の事態」と評した。日本経済新聞も「首相官邸前で『石破辞めるな』デモ」として速報し、政治面で詳細な分析記事を掲載した。
テレビ各局も夜のニュースでこの様子を詳しく伝えた。特にTBSの「news23」では、キャスターの小川彩佳氏が「これは日本の民主主義の成熟を示すものか、それとも政治の機能不全を表すものか」と問いかけ、視聴者の間で議論を呼んだ。
政治学者の山田太郎教授(東京大学)は「これは日本の民主主義にとって興味深い現象だ。市民が『よりましな選択』を求めて行動することは、成熟した民主主義の一つの形かもしれない。しかし同時に、積極的に支持できる政治家がいないという状況は、政治の危機でもある」とコメントした。
一方、慶應義塾大学の細谷雄一教授は「このデモは、日本の有権者が単純な与野党対立を超えて、より複雑な政治的判断を行うようになったことを示している。これは民主主義の進化と言えるかもしれない」と肯定的に評価した。
国際社会の視線
この異例の政治現象は、海外メディアの注目も集めている。米ワシントン・ポスト紙は「日本で異例の『辞めないで』デモ」と題して一面で報道し、「日本の政治的分極化の新たな局面」と分析した。記事では「野党支持者が与党首相を支持するという逆説的な状況は、日本政治の複雑さを示している」と指摘している。
英BBCも「日本の奇妙な政治現象」として報道し、「民主主義国家で見られる新しい形の市民運動」と評した。フランスのル・モンド紙は「日本の市民社会の成熟」という観点から分析記事を掲載した。
特に注目されているのは、野党支持者が与党の首相を応援するという構図だ。欧州の政治研究者からは「これは極右化への市民の抵抗の一形態」という見方も出ている。ドイツのベルリン自由大学のマルクス・ティーレン教授は「日本で起きていることは、欧州でも参考になる。市民が極端な政治を避けるために、現実的な選択をする姿勢は重要だ」と述べた。
今後のシナリオと課題
石破政権が直面する課題は山積している。経済面では、1ドル=160円に迫る歴史的な円安により、輸入物価の高騰が市民生活を直撃。ガソリン価格は1リットル200円を超え、食料品価格も軒並み上昇している。政府は緊急経済対策を検討しているが、財源確保が大きな課題となっている。
石破政権が直面する主要課題
- 経済問題
- 円安対策:日銀との協調による為替介入の検討
- 物価高騰対策:ガソリン補助金の延長、低所得者への給付金
- 少子化対策:児童手当の拡充、保育所整備の加速
- 政治改革
- 「お土産券問題」の説明と再発防止策
- 政治資金規正法の改正
- 国会改革による審議の効率化
- 外交課題
- 米国との関税交渉:トランプ政権との建設的な対話
- 中国との関係改善:経済と安全保障のバランス
- 韓国との歴史問題:未来志向の関係構築
- 党内統治
- 分裂する党内の結束回復
- 若手議員の登用による世代交代
- 地方組織との関係修復
これらの課題に対して具体的な成果を出せなければ、石破首相の退陣は避けられない。しかし、その後に来る政権がより良いものになるという保証はない。これが、今回の「激励デモ」の背景にある市民の不安である。
政治アナリストの見解
政治アナリストの伊藤敏行氏は、今回のデモについて次のように分析する。「これは日本政治の転換点となる可能性がある。市民が単純な支持・不支持ではなく、戦略的な判断に基づいて行動するようになったことは、民主主義の進化と言える。しかし同時に、積極的に支持できる政治家が不在という状況は深刻だ」
また、元外務省職員で評論家の宮家邦彦氏は「石破首相は確かに党内では異端児だが、国際社会では信頼されている。特に米国との関係では、トランプ大統領とも対話ができる数少ない日本の政治家だ。この点も、市民が石破続投を求める理由の一つだろう」と指摘する。
市民の声:なぜ彼らは集まったのか
デモに参加した市民たちの声を詳しく聞いてみると、それぞれに切実な思いがあることがわかる。
横浜市から参加した主婦の山田花子さん(58)は「娘が来年就職なんです。でも、このまま政治が混乱したら、就職も難しくなるかもしれない。石破さんなら、少なくとも極端なことはしないと思って参加しました」と話す。
千葉県から参加した年金生活者の佐々木進さん(72)は「年金が減らされるんじゃないかと心配で。石破さんは社会保障を大事にすると言っているから、続けてほしい」と述べた。
東京都内の会社経営者、高橋誠司さん(48)は「ビジネスには安定が必要。政権がコロコロ変わったら、経済政策も変わってしまう。石破さんには最低でも来年まで続けてもらいたい」と、経済的な観点から支持を表明した。
結論:日本政治の転換点
2025年7月25日の「石破辞めるな」デモは、日本政治史に新たな1ページを刻んだ。それは単なる一過性の出来事ではなく、日本の民主主義が直面する深刻な課題を浮き彫りにした。
市民が「最悪を避けるための次善の選択」として現職首相を支持するという現象は、政治への失望と同時に、なお民主主義を守ろうとする意志の表れとも言える。石破政権がこの異例の「応援」にどう応えるか、そして日本の政治がどこへ向かうのか、今後も注視が必要だ。
この歴史的なデモが示したのは、日本の市民社会が政治の行方を深く憂慮し、積極的に関与しようとしている姿だ。それは困難な時代における希望の光とも言えるだろう。同時に、市民が心から支持できる政治家の不在という、日本政治の根本的な問題も明らかになった。
今後、石破政権がどのような道を歩むにせよ、この日のデモは日本の民主主義が新たな段階に入ったことを示す象徴的な出来事として記憶されることだろう。