桐生祥秀が5年ぶり日本選手権V!「30歳でも戦える」初めての嬉し涙に国立競技場が感動の渦
2025年7月5日、東京・国立競技場で開催された第109回日本陸上競技選手権大会の男子100メートル決勝で、29歳の桐生祥秀(日本生命)が10秒23(風速+0.4メートル)で優勝を飾った。日本選手権での優勝は2020年以来5年ぶり3回目。レース後、「陸上をして初めてうれし泣きをした」と涙を流した桐生の姿に、会場は大きな感動に包まれた。
プレッシャーを跳ね返した完璧なレース運び
今大会の男子100メートルは、事前の下馬評を覆す波乱の展開となった。準決勝では大本命と見られていた柳田大輝(農林中央金庫)とサニブラウン・アブデル・ハキーム(ATHLETE WORKS)が相次いで敗退。その中で桐生は冷静にレースを進め、決勝へと駒を進めた。
「今大会では、しっかりと予選を走れて、準決勝はちょっとミスしたが、それが決勝ではうまく修正することができた」と桐生は振り返る。「日本選手権は、どんなに速くても、予選や準決勝でミスしたら勝負ができない。そこを今回はしっかりと踏めたことが勝因かなと思う」
決勝では、自分のレースに「集中できた」という桐生が、終盤は2位以下とのリードを広げ、余裕を持ってフィニッシュ。小池優貴(セイコー)が10秒28で2位、関口優太(東京ガスエネルギー)が同タイムで3位に入った。
中学時代から流し続けた涙の意味
レース後のインタビューで目を真っ赤にさせていた桐生。その涙の理由を問われると、これまでの陸上人生を振り返りながら語り始めた。
「中学校から陸上をやっていて、いつも、カメラの前では悔し涙しか流せていなかった。いろいろな大会でも…東京オリンピックにしても、いろいろな大会で泣いて、『次、頑張ります』と言ってきた」
2017年に日本人初の9秒台(9秒98)を記録し、「ジェット桐生」の異名で日本短距離界を牽引してきた桐生。しかし、その輝かしい実績の裏には、数え切れないほどの悔しさがあった。
年度 | 大会 | 結果 | 備考 |
---|---|---|---|
2017年 | 日本インカレ(福井) | 9秒98 | 日本人初の9秒台 |
2019年 | 世界陸上ドーハ | 4×100mR銅メダル | 37秒43のアジア記録 |
2020年 | 日本選手権 | 優勝(10秒27) | 前回の優勝 |
2021年 | 東京五輪 | 100m準決勝敗退 | 個人種目で代表入り |
2024年 | パリ五輪 | 4×100mRのみ出場 | 個人種目代表落選 |
2025年 | 日本選手権 | 優勝(10秒23) | 5年ぶりの栄冠 |
「嬉しくて泣いたことは、自分のなかで、一つでもよかったなと思う機会となった」。そう語る桐生の表情には、これまでに見せたことのない安堵と喜びが混じり合っていた。
30歳を目前に証明した「まだ戦える」という自信
今年12月で30歳を迎える桐生。陸上短距離の世界では、20代半ばから後半がピークとされることが多く、30歳を超えてからの活躍は稀だ。しかし、桐生は「30歳でも日本で勝負できる」ことを自らの走りで証明してみせた。
「横を向いて時は行けたと思った」。レース終盤、2位以下を大きく引き離したときの心境をそう語った桐生。その余裕のある走りは、まさにベテランの貫禄を見せつけるものだった。
世代交代が進む日本短距離界での立ち位置
現在の日本男子短距離界は、世代交代の真っ只中にある。2024年パリ五輪では、10代のスプリンターたちが台頭し、桐生世代の選手たちは苦戦を強いられた。
- 栁田大輝(21歳):2024年に10秒02を記録し、次世代のエースと目される
- サニブラウン・アブデル・ハキーム(26歳):9秒97の自己ベストを持つ実力者
- 小池優貴(29歳):安定した走りで上位常連
- 東田旺洋(22歳):若手の注目株
こうした中で、桐生の優勝は単なる個人の勝利以上の意味を持つ。それは、経験と技術で若手に対抗できることを示す、ベテランからのメッセージでもあった。
東京世界陸上への道のり
今回の優勝は、9月に東京で開催される世界陸上競技選手権大会への重要な一歩となった。ただし、日本選手権優勝だけでは代表内定とはならず、参加標準記録(10秒00)の突破か、世界ランキングでの上位入りが必要となる。
「この優勝を自信にしたい。まだ代表になれないので、タイムとランキングをしっかり上げていきたい。安心するのは今日だけ。明後日からまた練習したい」
桐生の現在の自己ベストは9秒98(2017年記録)。世界陸上の参加標準記録まであと0.02秒と迫っている。今季ここまでのベストタイムは10秒10だったが、日本選手権での10秒23という記録は、まだまだ伸びしろがあることを示している。
世界陸上代表争いの現状
選手名 | 2025年ベスト | 自己ベスト | 世界ランキング |
---|---|---|---|
サニブラウン・A・ハキーム | 10秒08 | 9秒97 | 28位 |
栁田大輝 | 10秒05 | 10秒02 | 35位 |
桐生祥秀 | 10秒10 | 9秒98 | 42位 |
小池優貴 | 10秒12 | 10秒04 | 48位 |
「ジェット桐生」復活の背景にある変化
桐生の復活には、いくつかの要因が考えられる。まず、2024年パリ五輪で個人種目の代表を逃したことが、逆に大きな転機となった可能性がある。プレッシャーから解放され、自分の走りを見つめ直す時間ができたのだ。
また、所属する日本生命でのトレーニング環境も充実している。同社は近年、陸上部の強化に力を入れており、最新のトレーニング設備や専門スタッフのサポート体制が整っている。
技術面での進化
レース後の分析では、桐生の走りに以下のような技術的な改善点が見られた:
- スタートダッシュの安定性向上:以前は課題とされていたスタート局面が改善
- 中間疾走でのリラックス:力みのない自然な走りで速度を維持
- フィニッシュまでの集中力:最後まで姿勢を崩さない走り
陸上ファンから寄せられる期待と声援
桐生の優勝に、SNS上では多くの陸上ファンから祝福の声が寄せられた。
「桐生選手の涙を見て、もらい泣きしてしまった」「9秒台を初めて出した時から応援してきた。本当に嬉しい」「30歳でも戦えることを証明してくれて勇気をもらった」など、長年のファンからの温かいメッセージが相次いだ。
国立競技場に集まった観客も、桐生の優勝を大きな歓声と拍手で祝福。スタンドからは「キリュウ!キリュウ!」のコールが沸き起こり、会場全体が一体となって日本記録保持者の復活を祝った。
今後の展望と期待
桐生にとって、次の大きな目標は東京世界陸上での活躍だ。自国開催となる今大会は、2017年に9秒台を記録して以来の大きなチャンスとなる。
今後の主要大会スケジュール
- 7月中旬:ヨーロッパ遠征(ダイヤモンドリーグ参戦予定)
- 8月上旬:国内グランプリシリーズ
- 8月下旬:世界陸上前最終調整
- 9月13日~21日:東京世界陸上競技選手権大会
「明後日からまた練習したい」という言葉通り、桐生の挑戦は続く。日本人初の9秒台スプリンターとして、そして30歳を迎えるベテランとして、彼の走りはこれからも多くの人々に勇気と感動を与え続けるだろう。
まとめ:新たな一歩を踏み出した「ジェット桐生」
5年ぶりの日本選手権優勝、そして陸上人生で初めて流した嬉し涙。2025年7月5日は、桐生祥秀にとって忘れられない一日となった。
「30歳でも日本で勝負できる」ことを証明した桐生の姿は、同世代のアスリートだけでなく、夢を追い続けるすべての人々への励ましとなるはずだ。日本記録保持者としてのプライド、そして新たな挑戦への意欲を胸に、桐生祥秀の第二章が今、始まろうとしている。
東京世界陸上での活躍、そしてその先にある2028年ロサンゼルス五輪への道。「ジェット桐生」の飛翔は、まだまだ続いていく。