月末にスマホを質入れ、電車賃なく4時間歩く現実
これは他人事ではない。氷河期世代が貧困化すれば、医療・介護費用の増大として、あなたの税金負担は確実に跳ね上がる。2025年7月14日、毎日新聞が報じた一人の56歳男性の実話が、多くの人々に衝撃を与えている。月末になるとスマホを質屋に入れ、電車賃すら払えずに4時間かけて徒歩で移動する。これが、かつて「就職氷河期世代」と呼ばれた人々の、今の現実だ。
「生活を楽にしてほしい」という彼の切実な訴えは、単なる個人の問題ではない。1990年代後半から2000年代前半にかけて、バブル崩壊後の不況期に社会に出た約1700万人もの「氷河期世代」が、今も深刻な経済的困窮に直面している。
氷河期世代とは何か?なぜ今も苦しむのか
失われた就職機会
就職氷河期世代とは、主に1993年から2005年頃に学校を卒業し、就職活動を行った世代を指す。現在の年齢でいえば、おおむね40代後半から50代後半にあたる。バブル経済崩壊後の長期不況により、企業が新卒採用を大幅に削減した時期に社会に出た彼らは、正社員としての就職機会を得ることが極めて困難だった。
年度 | 大卒求人倍率 | 特徴 |
---|---|---|
1991年 | 2.86倍 | バブル期のピーク |
2000年 | 0.99倍 | 初めて1倍を下回る |
2025年(現在) | 1.71倍 | 回復傾向 |
非正規雇用の罠
正社員になれなかった多くの氷河期世代は、派遣社員、契約社員、アルバイトなどの非正規雇用で働き続けることを余儀なくされた。問題は、日本の雇用システムが「新卒一括採用」を前提としているため、一度このレールから外れると、正社員への道が極めて狭くなることだ。
- 非正規雇用者の平均年収:約200万円(正社員の約半分)
- 退職金制度の適用なし
- 社会保険の加入率が低い
- スキルアップの機会が限定的
56歳男性が象徴する「今そこにある危機」
日々の生活に困窮する実態
記事に登場する56歳の男性は、月末になるとスマホを質屋に入れざるを得ない。現代社会において、スマホは単なる通信手段ではなく、仕事を探すツール、社会とのつながりを保つライフラインでもある。それを手放さなければならないほどの経済的困窮は、想像を絶する。
さらに衝撃的なのは、電車賃すら払えずに4時間も歩かなければならない状況だ。東京都内であれば、4時間の徒歩移動は約20キロメートルに相当する。体力的な負担はもちろん、時間的な損失も計り知れない。
見えない貧困の広がり
この男性のケースは氷山の一角に過ぎない。総務省の統計によると、氷河期世代の非正規雇用者は約370万人。そのうち、年収200万円未満の「ワーキングプア」と呼ばれる層は約100万人に上る。
さらに深刻なのは「デジタル格差」だ。スマホを質入れすることで、求人情報へのアクセスが断たれ、就職活動がさらに困難になるという悪循環に陥っている。現代の就職活動の多くがオンライン化している中、この「デジタル貧困」は致命的だ。
- 住居の不安定さ:持ち家率が他世代より10ポイント以上低い
- 貯蓄の少なさ:貯蓄ゼロ世帯が約30%
- 健康問題:経済的理由で医療機関の受診を控える割合が高い
- 社会的孤立:結婚率が低く、単身世帯が多い
なぜ氷河期世代への支援は進まないのか
自己責任論の呪縛
日本社会には根強い「自己責任論」が存在する。「努力が足りない」「甘えている」といった批判が、氷河期世代に向けられることも少なくない。しかし、これは構造的な問題を個人の責任に転嫁する誤った認識だ。
1990年代後半、大手企業が軒並み新卒採用を凍結・削減する中で、どれだけ努力しても正社員になれない状況があった。100社以上にエントリーしても内定がゼロという学生も珍しくなかった時代だ。
政策の遅れと限界
政府も氷河期世代支援に乗り出してはいる。2019年には「就職氷河期世代支援プログラム」がスタートし、2025年現在も継続されている。しかし、その効果は限定的だ。
支援策 | 内容 | 課題 |
---|---|---|
正社員化支援 | 職業訓練、マッチング支援 | 年齢制限で対象外となるケースが多い |
助成金制度 | 企業への雇用助成 | 短期的な効果に留まる |
相談窓口設置 | キャリアカウンセリング | 認知度が低く利用者が少ない |
氷河期世代が直面する「老後破綻」リスク
年金問題の深刻さ
非正規雇用で働き続けてきた氷河期世代の多くは、厚生年金の加入期間が短い、または国民年金のみの加入となっている。その結果、将来受け取れる年金額は極めて少ない。
- 国民年金満額:月額約6.6万円(2025年度)
- 生活保護基準:単身高齢者で月額約13万円(東京都区部)
- 年金だけでは最低限の生活すら維持できない
8050問題から9060問題へ
「8050問題」とは、80代の親が50代の子どもを経済的に支える状況を指す言葉だ。氷河期世代の多くがこの「50代の子ども」に該当する。さらに深刻なのは、今後「9060問題」へと移行していくことだ。90代の親が60代の子どもを支えることは現実的に困難であり、親の死後、残された氷河期世代の生活は一気に困窮する可能性が高い。
企業と社会が見直すべき価値観
年齢差別の撤廃
日本企業の多くは依然として「35歳限界説」「40歳定年説」といった年齢による採用制限を設けている。しかし、人生100年時代において、40代、50代はまだ働き盛りだ。氷河期世代の持つ経験やスキルを正当に評価し、活用する姿勢が求められる。
多様な働き方の推進
正社員か非正規かという二元論ではなく、多様な雇用形態を認める社会への転換が必要だ。
- 限定正社員制度:勤務地や職務を限定した正社員
- 同一労働同一賃金:雇用形態による格差の是正
- リスキリング支援:新たなスキル習得の機会提供
- 副業・兼業の推進:収入源の多様化
今すぐできる支援と連帯
当事者ができること
厳しい状況にある氷河期世代だが、諦める必要はない。利用できる支援制度や相談窓口は確実に増えている。
- ハローワークの専門窓口:氷河期世代専門の相談員が配置(全国の主要ハローワークに設置)
- 職業訓練制度:無料でスキルを身につけられる(雇用保険受給者以外も利用可能)
- 生活困窮者自立支援制度:家賃補助や就労支援(市区町村の福祉事務所で相談)
- NPO・ボランティア団体:食料支援や相談支援(例:フードバンク、生活困窮者支援団体)
成功事例に学ぶ希望
実際に、50代で正社員になった氷河期世代の事例も増えている。東京都の就職氷河期世代専門窓口では、2023年度だけで約500人が正社員として就職。その多くが「諦めなくてよかった」と語っている。重要なのは、一人で抱え込まず、支援を積極的に活用することだ。
社会全体でできること
氷河期世代の問題は、彼らだけの問題ではない。この世代が経済的に困窮し続ければ、社会保障費の増大という形で、すべての世代に影響が及ぶ。今こそ、世代を超えた連帯と支援が必要だ。
立場 | できること |
---|---|
企業 | 年齢制限の撤廃、中途採用の拡大 |
自治体 | 就労支援プログラムの充実 |
個人 | 偏見を持たず、構造的問題として理解する |
メディア | 当事者の声を継続的に発信 |
「失われた30年」から「取り戻す10年」へ
56歳の男性がスマホを質入れし、4時間歩かなければならない現実。これは決して「自己責任」で片付けられる問題ではない。バブル崩壊後の日本社会が生み出した構造的な問題であり、社会全体で解決すべき課題だ。
2025年から2030年は「最後のチャンス」だ。氷河期世代の親世代(団塊世代)の相続が本格化し、一時的に経済的余裕が生まれる可能性がある。この期間に適切な支援と雇用機会の創出ができなければ、日本は深刻な社会保障危機に直面することになる。
氷河期世代は、日本経済が最も厳しい時期に社会に出て、その後も不利な条件下で懸命に生きてきた。彼らの経験と忍耐力は、むしろ日本社会の貴重な財産となりうる。今からでも遅くない。「失われた30年」を「取り戻す10年」に変えていく時だ。
一人ひとりができることから始めよう。偏見を捨て、理解を深め、支援の輪を広げていく。それが、56歳の男性のような人々に希望を与え、日本社会全体の持続可能性を高めることにつながるはずだ。