明日は我が身?アステラス社員実刑で中国駐在に赤信号

「次は自分かもしれない」―北京で働く日本人駐在員のAさん(40代)は、スマートフォンの速報を見て血の気が引いた。2025年1月16日、アステラス製薬の日本人社員がスパイ罪で懲役3年6ヵ月の実刑判決を受けたニュースが飛び込んできたのだ。

「妻からは今すぐ帰国してほしいと泣かれています。子供の受験もあるのに、いつ拘束されるか分からない恐怖の中で生活するなんて…」Aさんの声は震えていた。

2年間の地獄 家族にも会えない拘束生活

判決を受けた60代の男性社員は、2023年3月に日本への帰国直前に拘束された。それから実に2年間、家族との面会も制限され、弁護士との接見も監視下に置かれる日々が続いた。

中国の拘束施設での生活は想像を絶する。24時間監視カメラの下、プライバシーは一切ない。食事は粗末で、医療へのアクセスも制限される。何より辛いのは、いつ釈放されるか分からない不安と、家族の顔を見られない孤独だ。

スパイ罪での拘束から判決までの過酷な道のり

時期 出来事 拘束者の状況
2023年3月 帰国直前に拘束 家族との連絡途絶
2023年3月-10月 取り調べ期間 弁護士接見も制限
2023年10月 正式逮捕 起訴内容も不明確
2024年8月 スパイ罪で起訴 詳細な容疑内容は非公開
2025年1月16日 実刑判決 さらに3年6ヵ月の刑期

製薬会社が狙われる本当の理由

なぜアステラス製薬の社員が標的となったのか。実は、コロナパンデミック以降、中国は医薬品データを国家安全保障の重要領域と位置づけている。製薬会社の持つ臨床データ、新薬開発情報、さらには中国人の遺伝子情報に関わるデータは、すべて「国家機密」扱いとなる可能性がある。

「通常の市場調査や競合分析でさえ、スパイ行為と認定されるリスクがある」と、中国ビジネスに詳しい専門家は警告する。特に製薬・バイオテクノロジー分野は、米中対立の最前線でもあり、日本企業も巻き込まれやすい。

反スパイ法で激増する外国人拘束

  • 2014年の反スパイ法施行以降、日本人17人が拘束
  • 現在も5人が拘束継続中
  • 拘束理由の8割以上が不透明
  • 製薬・ハイテク企業の駐在員がハイリスク
  • 春節前後に拘束されるケースが多い(外交カード化)

駐在員家族の悲痛な叫び

「主人を中国に送り出したことを後悔しています」上海に駐在する夫を持つBさん(30代)は涙を浮かべる。「会社は『大丈夫』と言いますが、アステラスだって大企業です。それでも社員を守れなかった」

駐在員の妻たちのLINEグループでは、連日不安の声が飛び交う。「子供の学校はどうする?」「すぐに帰国すべき?」「でも夫のキャリアは?」―答えの出ない問いに、皆が苦しんでいる。

世代間で広がる中国駐在への温度差

世代 中国駐在への意識 実態
20-30代 「絶対に行きたくない」 駐在拒否が急増
40代 「家族の反対で断念」 単身赴任も困難に
50-60代 「責任上行かざるを得ない」 リスクを一身に負う

この結果、中国ビジネスの知見を持つベテラン層に負担が集中し、技術やノウハウの継承が危機に瀕している。

企業が直面する究極のジレンマ

「社員の安全か、14億人市場か」―多くの日本企業がこの究極の選択を迫られている。ある大手メーカーの人事部長は「もし駐在員が拘束されたら、会社として責任を取れるのか。訴訟リスクも含めて、もはや個別企業では対応不可能なレベルだ」と頭を抱える。

急増する中国撤退とその代償

  1. 撤退コストは想像以上
    工場閉鎖、従業員への補償、違約金など、撤退には進出時の3倍のコストがかかるケースも。
  2. サプライチェーンの再構築
    20年以上かけて構築した調達網を一から作り直す必要があり、製品コストは確実に上昇。
  3. 技術流出のリスク
    撤退時に技術や顧客情報が中国側に渡るリスクも無視できない。

それでも希望はある 新たなビジネスモデルの模索

暗い話ばかりではない。リスクを回避しながら中国市場にアプローチする新たなビジネスモデルも生まれている。

駐在員ゼロでも可能な中国ビジネス

  • 越境ECの活用:日本から直接中国消費者に販売。アリババのTmallやJD.comとの提携で市場参入
  • ライセンスビジネス:技術やブランドのライセンス供与で、直接投資リスクを回避
  • 第三国経由モデル:香港やシンガポール経由で中国ビジネスを管理
  • バーチャル駐在員:VRやメタバースを活用した遠隔マネジメント
  • 現地企業との合弁解消:完全な現地化で日本人駐在員をゼロに

実際、ある日系アパレル企業は駐在員を全員引き揚げ、上海の現地スタッフに経営を委ねた。売上は維持しながら、政治的リスクを大幅に軽減することに成功している。

日本政府と企業が今すぐ取るべき行動

金杉憲治駐中国大使は判決後、「透明性を欠く司法手続き」と批判したが、それだけでは不十分だ。日本政府と企業は以下の対策を早急に実施すべきである。

政府レベルでの5つの緊急対策

  1. 領事保護の強化
    24時間対応の緊急連絡体制と、拘束時の初動対応マニュアルの整備
  2. 企業向けリスク情報の共有
    インテリジェンス機関と連携した、リアルタイムのリスク情報提供
  3. 国際連携の推進
    G7各国と共同で中国に司法の透明性を要求
  4. 代替市場の開拓支援
    ASEAN、インドなど代替市場への進出を政府が全面支援
  5. 被害者・家族への支援
    拘束された駐在員とその家族への経済的・精神的サポート

まとめ:新たな日中関係の構築に向けて

アステラス製薬社員への実刑判決は、日中ビジネスが大きな転換点を迎えたことを示している。もはや「政冷経熱」(政治は冷たく経済は熱い)という従来の枠組みは崩壊した。

しかし、14億人の巨大市場を完全に無視することも現実的ではない。日本企業は、駐在員の安全を最優先しながら、新たなビジネスモデルを模索する必要がある。それは決して後ろ向きな撤退ではなく、持続可能な日中経済関係を構築するための進化だ。

「明日は我が身」―この恐怖から解放され、安心してビジネスができる環境を取り戻すまで、我々の闘いは続く。アステラス製薬の社員が一日も早く家族の元に帰れることを、心から願ってやまない。

そして今、中国駐在を続けるすべての日本人ビジネスパーソンとその家族に伝えたい。あなたたちは一人ではない。日本中が、あなたたちの安全を願い、無事の帰国を待っている。

投稿者 hana

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