2025年6月から、企業の熱中症対策が罰則付きで義務化されました。違反企業には最大6か月の懲役または50万円の罰金が科される可能性があり、経営者や管理職の方々にとって避けて通れない重要な課題となっています。
連日の猛暑により、職場での熱中症リスクが高まる中、新たな法規制への対応は急務です。本記事では、企業が今すぐ実施すべき具体的な対策と、罰則を回避するためのポイントを詳しく解説します。
企業の熱中症対策義務化の背景
年々増加する職場での熱中症被害
厚生労働省の統計によると、2024年の職場における熱中症による死傷者数は1,195人に上り、そのうち30人が死亡しています。特に建設業、製造業、運送業での被害が深刻で、全体の約7割を占めています。
年度 | 死傷者数 | 死亡者数 | 前年比 |
---|---|---|---|
2022年 | 827人 | 30人 | – |
2023年 | 1,106人 | 28人 | +33.7% |
2024年 | 1,195人 | 30人 | +8.0% |
地球温暖化の影響により、日本の夏の平均気温は年々上昇傾向にあり、2025年も全国的に猛暑が予想されています。7月22日現在、すでに24都道府県で熱中症警戒アラートが発令され、過去最多を更新しています。
従来の対策では不十分だった理由
これまでも「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」などの啓発活動は行われていましたが、強制力がないため、コスト面を理由に対策を怠る企業が少なくありませんでした。特に中小企業では、以下のような課題がありました:
- 熱中症対策の重要性に対する認識不足
- 具体的な対策方法がわからない
- 設備投資にかかるコストの問題
- 生産性低下への懸念
新制度の詳細と罰則内容
義務化された主な対策項目
2025年6月1日から施行された改正労働安全衛生法では、以下の対策が法的義務となりました:
- WBGT値(暑さ指数)の測定・記録
- 作業場所でのWBGT値を毎日測定
- 測定結果を3年間保存
- 基準値を超えた場合の作業中止・制限
- 熱中症リスクの高い労働者の把握
- 健康診断結果に基づくリスク評価
- 高血圧、糖尿病等の既往歴がある労働者のリスト化
- 新規採用者や高齢労働者への特別配慮
- 作業環境の改善
- 休憩場所への冷房設備の設置
- 遮光・通風設備の整備
- 冷水器の設置(作業場所から5分以内)
- 作業管理の実施
- 連続作業時間の制限(WBGT値に応じて設定)
- 休憩時間の確保(1時間ごとに15分以上)
- 作業強度の調整
- 健康管理体制の構築
- 熱中症予防管理者の選任(50人以上の事業場)
- 緊急時対応マニュアルの作成
- 救急搬送体制の整備
違反した場合の罰則
改正法では、以下の罰則が規定されています:
違反内容 | 罰則 | 対象者 |
---|---|---|
WBGT値測定の未実施 | 50万円以下の罰金 | 事業者 |
必要な設備の未設置 | 6か月以下の懲役または50万円以下の罰金 | 事業者・管理責任者 |
熱中症による労働災害の発生(重大な過失がある場合) | 3年以下の懲役または300万円以下の罰金 | 事業者・直接責任者 |
改善命令違反 | 1年以下の懲役または100万円以下の罰金 | 事業者 |
さらに、熱中症による労働災害が発生した場合、民事上の損害賠償責任も発生する可能性があり、被災者やその家族から数千万円規模の賠償請求を受けるケースも想定されます。
企業が今すぐ実施すべき具体的対策
1. WBGT値測定システムの導入
まず最優先で取り組むべきは、WBGT値(暑さ指数)を正確に測定・記録するシステムの構築です。
必要な機器
- WBGT測定器(黒球温度計付き):3~5万円程度
- データロガー機能付き測定器:10~20万円程度
- クラウド連携型IoTセンサー:月額5,000円~
測定・記録のポイント
- 作業場所ごとに測定点を設定(屋外、屋内、高温エリアなど)
- 作業開始前、午前、午後の最低3回測定
- 測定結果を電子データで保存(Excelやクラウドシステム)
- 基準値(WBGT 31℃)を超えた場合の対応手順を明文化
2. リスクアセスメントの実施
従業員一人ひとりの熱中症リスクを正確に評価することが重要です。
チェックリスト例
- □ 年齢(65歳以上は高リスク)
- □ 既往歴(高血圧、糖尿病、心疾患など)
- □ 服薬状況(利尿剤、向精神薬など)
- □ 前日の飲酒量
- □ 睡眠時間(6時間未満は要注意)
- □ 朝食の摂取状況
- □ 体調不良の有無
リスク評価に基づく対応
- 高リスク者:屋内作業への配置転換、作業時間の短縮
- 中リスク者:休憩頻度の増加、水分補給の徹底管理
- 低リスク者:通常の予防対策を実施
3. 作業環境の改善
物理的な環境改善は初期投資が必要ですが、長期的には生産性向上にもつながります。
即効性のある対策
- ミストファンの設置(1台3万円程度)
- 気化熱により体感温度を3~5℃低下
- 移動可能で柔軟な配置が可能
- 遮熱シートの活用(1㎡あたり500円程度)
- 屋根や窓に貼付することで室温上昇を抑制
- エアコンの電力消費も削減
- スポットクーラーの導入(1台10万円程度)
- 特定の作業エリアを集中的に冷却
- 全体空調より省エネ
中長期的な設備投資
- 断熱材の追加施工
- 換気システムの強化
- 作業場レイアウトの見直し(熱源からの距離確保)
4. 水分・塩分補給体制の構築
適切な水分・塩分補給は熱中症予防の基本です。
効果的な補給システム
- 給水ステーションの設置
- 作業場所から徒歩3分以内に設置
- 冷水(5~15℃)を常時供給
- 使い捨てコップまたは個人用ボトルを用意
- 塩分補給の工夫
- 塩飴、塩タブレットの常備
- スポーツドリンクの提供(糖分控えめタイプ推奨)
- 梅干し、味噌汁などの提供
- 補給タイミングの管理
- 作業開始前:コップ1~2杯
- 作業中:20分ごとにコップ半分
- 休憩時:必ず水分補給
5. 教育・研修の実施
従業員の意識向上なくして、効果的な熱中症対策は実現できません。
必須研修内容
- 熱中症の症状と重症度分類
- 初期症状の見分け方(めまい、筋肉痛、大量発汗など)
- 応急処置の方法(FIRST原則)
- 予防対策の重要性
- 個人でできる体調管理方法
効果的な研修方法
- 実地訓練の実施
- WBGT測定器の使用方法
- 応急処置のロールプレイ
- 緊急連絡の練習
- e-ラーニングの活用
- いつでも受講可能
- 理解度テストで効果測定
- 受講履歴の管理が容易
- 朝礼での注意喚起
- 当日のWBGT値予報
- 体調確認
- 注意事項の確認
業種別の特別対策
建設業
建設業は熱中症による死亡者数が最も多い業種です。特に以下の対策が重要です:
- 朝型シフトの導入:早朝5時から作業開始、14時には終了
- 日除けテントの設置:作業エリアに移動式テントを配置
- 空調服の支給:ファン付き作業服で体温上昇を抑制
- 熱中症予防サポーターの配置:専任者が巡回して健康状態をチェック
製造業
高温環境での作業が多い製造業では:
- ローテーション制の導入:高温エリアでの連続作業を30分以内に制限
- クールベストの活用:保冷剤入りベストで体温調節
- 局所排気装置の強化:熱気の滞留を防止
- 自動化の推進:高温作業のロボット化
運送業
車内での熱中症リスクが高い運送業では:
- 車内温度管理の徹底:エアコンの定期点検、日除けフィルムの装着
- 携帯型冷却グッズの支給:ネッククーラー、冷却スプレーなど
- 配送ルートの見直し:日中の渋滞を避けるルート設定
- 荷役作業時の対策強化:日陰での作業、こまめな休憩
農業
屋外作業が中心の農業では:
- 早朝・夕方作業の推奨:10時~15時の作業を避ける
- 日除け帽子の改良:首まで覆うタイプ、冷却機能付き
- 移動式日除けの活用:トラクターへの日除け装着
- 共同作業の推進:単独作業を避け、相互監視体制を構築
コスト削減のための工夫
補助金・助成金の活用
熱中症対策に使える主な支援制度:
- 既存不適合機械等更新支援補助金
- 対象:熱中症予防設備の導入
- 補助率:中小企業1/2、大企業1/3
- 上限額:1,000万円
- エイジフレンドリー補助金
- 対象:高齢労働者の熱中症対策
- 補助率:1/2
- 上限額:100万円
- 地域雇用開発助成金
- 対象:熱中症対策を含む職場環境改善
- 補助率:設備投資額の1/3~1/2
段階的な導入計画
一度に全ての対策を実施するのは困難です。優先順位をつけて段階的に導入しましょう:
第1段階(1~3か月)
- WBGT測定器の購入・設置
- 給水設備の充実
- 基本的な教育研修の実施
- 緊急時対応マニュアルの作成
第2段階(3~6か月)
- 遮熱対策の実施
- スポットクーラーの導入
- 健康管理システムの構築
- 作業ローテーションの見直し
第3段階(6か月~1年)
- 本格的な空調設備の導入
- 作業の自動化・省力化
- IoTを活用した統合管理システム
緊急時対応マニュアル
熱中症の症状と対応
重症度 | 主な症状 | 対応方法 |
---|---|---|
Ⅰ度(軽症) | めまい、立ちくらみ、筋肉痛、大量発汗 | 涼しい場所で休憩、水分・塩分補給、体を冷やす |
Ⅱ度(中等症) | 頭痛、吐き気、倦怠感、虚脱感 | 医療機関受診、点滴治療が必要な場合あり |
Ⅲ度(重症) | 意識障害、けいれん、高体温 | 即座に救急車要請、全身冷却を開始 |
応急処置のFIRST原則
- Fluid – 水分補給(意識がある場合のみ)
- Ice – 体を冷やす(首、脇、股関節部)
- Rest – 安静にする(涼しい場所で横になる)
- Sign – バイタルサインの確認(体温、脈拍、意識レベル)
- Transport – 必要に応じて医療機関へ搬送
救急要請の判断基準
以下の症状が一つでもある場合は、迷わず119番通報してください:
- 意識がもうろうとしている、または意識がない
- 自力で水分補給ができない
- けいれんを起こしている
- 体温が40℃以上ある
- 呼びかけに対する反応が鈍い
今後の法改正の動向
2026年以降の追加規制
厚生労働省は、2026年度以降さらなる規制強化を検討しています:
- WBGT基準値の引き下げ:現行31℃から28℃への変更
- 対象事業場の拡大:現在の50人以上から30人以上へ
- 個人モニタリングの義務化:ウェアラブルデバイスによる体調管理
- AI予測システムの導入推奨:熱中症リスクの事前予測
国際的な動向
気候変動対策として、国際労働機関(ILO)も熱ストレス対策の国際基準策定を進めています。日本企業も国際基準への対応が求められる可能性があります。
まとめ:今すぐ行動を起こすべき理由
2025年の熱中症対策義務化は、単なる規制強化ではありません。これは従業員の命と健康を守り、企業の持続可能な発展を実現するための重要な転換点です。
対策を怠った場合のリスク
- 法的リスク:罰金・懲役刑の可能性
- 経済的リスク:損害賠償、営業停止による損失
- 社会的リスク:企業イメージの低下、人材確保の困難
- 人的リスク:優秀な人材の流出、モチベーション低下
早期対策のメリット
- 生産性向上:快適な職場環境による作業効率アップ
- 離職率低下:従業員満足度の向上
- 企業価値向上:ESG投資の観点からも評価
- 競争優位性:人材獲得における優位性確保
熱中症対策は、コストではなく投資です。従業員の健康と安全を最優先に考え、今すぐ具体的な行動を起こしましょう。猛暑はもう目の前に迫っています。
相談窓口・参考資料
公的機関の相談窓口
- 都道府県労働局:法令遵守に関する相談
- 労働基準監督署:具体的な対策方法の指導
- 産業保健総合支援センター:産業医・保健師による支援
- 中央労働災害防止協会:研修・セミナーの開催
参考資料・ガイドライン
- 厚生労働省「職場における熱中症予防対策マニュアル」
- 日本産業衛生学会「職場の熱中症予防対策ガイドライン」
- 建設業労働災害防止協会「建設業における熱中症予防対策」
- 中央労働災害防止協会「熱中症予防対策のためのリスクアセスメントマニュアル」
これらの資料は各機関のウェブサイトから無料でダウンロード可能です。自社の状況に合わせて活用し、効果的な熱中症対策を構築してください。
2025年の夏を安全に乗り切るために、今こそ行動の時です。