2026年、円相場は1ドル160円へ向かうのか
2025年12月、日本銀行が政策金利を0.5%へ引き上げたにもかかわらず、円相場は1ドル157円台まで円安が進行しました。市場では「利上げしても円安が止まらない」という異例の事態に困惑の声が広がっています。さらに衝撃的なのは、JPモルガン・チェースやBNPパリバなど大手金融機関が2026年末までに1ドル160円、あるいはそれ以上の円安を予測していることです。
なぜ日銀が金融政策を正常化しているのに円安が止まらないのか。2026年の為替相場はどうなるのか。この記事では、最新の経済データと専門家の分析をもとに、円安加速の真相と今後の見通しを詳しく解説します。
日銀の利上げでも止まらない円安の謎
通常、中央銀行が政策金利を引き上げると、その国の通貨は上昇する傾向にあります。金利が上がれば、投資家はより高いリターンを求めてその通貨建ての資産に投資するからです。しかし、2025年12月の日銀による0.25%の利上げ後、円相場は逆に下落しました。
この背景には、日米金利差の拡大という構造的な問題があります。日銀が政策金利を0.5%に引き上げた一方で、米国の政策金利は4.25〜4.50%のレンジに維持されています。つまり、約4%もの金利差が存在し、投資家にとっては円よりもドル資産を保有する方が圧倒的に有利な状況が続いているのです。
第一生命経済研究所の熊野英生氏は、「日銀が0.75%まで追加利上げしたとしても、米国との金利差は依然として3.5%以上残る。円安圧力を本格的に食い止めるには、さらに大幅な利上げが必要だが、日本経済の現状を考えるとそれは現実的ではない」と指摘しています。
2026年160円予測の根拠
複数の大手金融機関が2026年に1ドル160円超の円安を予測する背景には、以下の3つの要因があります。
1. トランプ政権の関税政策とインフレ再加速
2025年1月に発足したトランプ新政権は、中国を中心とする輸入品への大規模な関税導入を実施する見込みです。これにより米国のインフレ率が再び上昇し、FRB(米連邦準備制度理事会)が金利を高水準に維持、あるいは再度利上げを検討する可能性があります。楽天証券のアナリストは、「関税発動により米国のインフレが再加速する場合、FRBが再度利上げを行う必要が生じ、1ドル160円台へ円安・ドル高に進展する可能性がある」と分析しています。
2. 日本の財政拡張と円の信認低下
高市早苗政権が掲げる大型経済対策は、国債発行の大幅な増加を伴います。ダイヤモンド誌の分析によれば、「高市政権の大型予算案が潜在的なインフレ圧力となり、日本の通貨価値を減価させる作用をもたらしている」とされています。財政規律への懸念が円売りを誘発する構図です。
3. 日銀の慎重な利上げペース
植田和男総裁は利上げ継続の意向を示しているものの、その実施時期やペースについては明言を避けています。みずほリサーチ&テクノロジーズは、日銀が半年に1回程度のペースで25bpずつ利上げを行うと予測しており、この緩やかなペースでは日米金利差の縮小は限定的です。
過去の円安局面との比較
1ドル160円という水準は、1990年以降では極めて異例の円安水準です。過去には2022年10月に151円台まで円安が進行し、政府・日銀による大規模な為替介入が実施されました。当時、神田財務官(当時)は「過度な変動は看過できない」と述べ、推定で9兆円規模の円買いドル売り介入を実施したとされています。
しかし、2025年末時点の円安は、2022年とは異なる特徴があります。当時はエネルギー価格の急騰による輸入インフレが主因でしたが、現在は構造的な日米金利差と日本の財政・金融政策への信認低下が複合的に作用しています。このため、介入による一時的な効果は限定的で、根本的な解決にはならないとの見方が支配的です。
円安が日本経済に与える影響
円安は輸出企業にとってプラスに働く一方で、輸入物価の上昇を通じて家計や中小企業に大きな負担をもたらします。
輸出企業への恩恵
トヨタ自動車などの主要輸出企業は、円安により海外での収益が円換算で増加します。トヨタは1円の円安で年間約400億円の営業利益押し上げ効果があるとされ、1ドル160円になれば2023年の平均レート(約140円)と比較して年間約8000億円もの利益増加要因となります。
家計への打撃
一方で、食料品やエネルギー価格の上昇により、家計の実質所得は減少します。農林水産省のデータによれば、日本の食料自給率はカロリーベースで38%(2023年度)に過ぎず、円安による輸入食品価格の上昇は家計に直撃します。1ドル160円になれば、輸入小麦価格は2023年比で約14%上昇し、パンや麺類の価格がさらに値上がりする見込みです。
中小企業の苦境
原材料を輸入に依存する中小製造業にとって、円安はコスト増を意味します。しかし、大企業との取引において価格転嫁が困難なケースも多く、利益率の圧迫が深刻化しています。商工会議所の調査では、中小企業の72%が「円安によるコスト増を価格に転嫁できていない」と回答しています。
政府・日銀の対応策と限界
岸田政権(当時)と日銀は2024年以降、為替市場への介入と金融政策の正常化を組み合わせて円安に対処してきました。しかし、その効果は限定的です。
為替介入は一時的な円高をもたらすものの、日米金利差という根本原因を解決しない限り、市場はすぐに円安方向へ戻ってしまいます。また、介入には外貨準備の消費を伴うため、無制限に実施することはできません。
日銀による追加利上げも選択肢の一つですが、日本経済の脆弱性を考えると大幅な利上げは困難です。内閣府の経済見通しでは、2026年の実質GDP成長率は1.2%程度と予測されており、急激な金融引き締めは景気後退のリスクを高めます。
2026年の為替相場シナリオ
2026年の円ドル相場について、専門家の見解は大きく3つのシナリオに分かれています。
シナリオ1: 160円超への円安加速(確率30%)
米国のインフレ再加速とFRBの追加利上げ、日本の財政拡張が重なり、1ドル165円程度まで円安が進行するケース。この場合、政府による大規模介入が実施される可能性が高まります。
シナリオ2: 150円台での推移(確率50%)
日銀が年2回程度の利上げを継続し、米国のインフレがピークアウトする中で、日米金利差が徐々に縮小。1ドル150〜155円のレンジでの推移が続くケース。最も蓋然性の高いシナリオとされています。
シナリオ3: 140円台への反転(確率20%)
米国経済の減速とFRBの大幅利下げ、または日銀の予想外の積極的利上げにより、円高方向に反転するケース。みずほリサーチ&テクノロジーズは、「2025年末には140円台前半へ円高が進む可能性もある」と指摘していますが、実現可能性は限定的との見方が多数です。
専門家が注目する為替変動要因
2026年の為替相場を左右する重要な要因として、専門家が特に注目しているのが以下の3つのポイントです。
米国長期金利の動向
米国の10年債利回りは、FRBの政策金利だけでなく、財政赤字の拡大やインフレ期待によっても変動します。2025年12月時点で約4.5%の水準にありますが、トランプ政権の大規模な減税政策により財政赤字がさらに拡大すれば、長期金利は5%を超える可能性も指摘されています。この場合、日米金利差はさらに拡大し、円安圧力が一段と強まります。
中国経済の減速リスク
中国経済の不動産危機と消費低迷は、アジア全体の経済に波及しています。中国向け輸出が減少すれば、日本の貿易収支が悪化し、円安を助長する要因となります。野村総合研究所の分析では、中国GDP成長率が4%を下回る場合、円ドル相場に1〜2円程度の円安圧力がかかると試算されています。
日本の実質実効為替レート
実質実効為替レートは、複数の通貨に対する為替レートを貿易量で加重平均し、物価変動を調整した指標です。2025年末時点で1970年代以降の最低水準まで低下しており、日本円の購買力が歴史的に弱い状況にあることを示しています。この指標の低下は、円安がドル円だけでなく、幅広い通貨に対して進行していることを意味します。
企業の為替ヘッジ戦略
大手企業は円安リスクに対して、様々なヘッジ戦略を採用しています。
ソニーグループは、海外売上高の約70%をドル建てで計上していますが、為替予約や通貨オプションを活用して為替変動リスクを管理しています。同社の2024年度決算説明会では、「1ドル150円を想定レートとして事業計画を策定しているが、160円まで円安が進んだ場合でも営業利益への影響は限定的」と説明しています。
一方で、中小企業の多くは為替ヘッジのコストを負担できず、円安の影響を直接受けています。東京商工リサーチの調査では、従業員50人未満の製造業の約85%が「為替ヘッジを実施していない」と回答しており、円安が中小企業の収益を圧迫する構造的な問題となっています。
個人ができる円安対策
円安の進行を前提として、個人ができる対策には以下のようなものがあります。
外貨建て資産の保有
ドル建ての預金や米国株式、外国債券などへの分散投資により、円安による資産価値の目減りをヘッジできます。ただし、為替変動リスクがあるため、過度な集中は避けるべきです。金融庁の推奨では、個人の資産ポートフォリオにおける外貨資産の比率は20〜30%程度が適切とされています。
輸入品の購入タイミング
円安が進行する見込みであれば、必要な輸入品(家電製品、海外旅行など)の購入を早めることで、将来の値上がりを回避できます。特に自動車や家電製品など、輸入部品比率の高い耐久消費財については、早期購入がコスト削減につながる可能性が高いでしょう。
固定金利ローンへの借り換え
日銀の利上げが継続する見込みであれば、変動金利の住宅ローンを固定金利に借り換えることで、将来の金利上昇リスクに備えられます。住宅金融支援機構のデータによれば、2025年12月時点で固定金利型ローンの平均金利は1.8%程度であり、今後の金利上昇を考慮すると魅力的な水準と言えます。
外貨預金の活用
メガバンクや地方銀行では、ドル建て定期預金の金利が年3〜4%程度に設定されており、円預金の金利(0.2%程度)と比較して大幅に高い利回りが期待できます。ただし、為替手数料や為替変動リスクを十分に理解した上で利用することが重要です。
まとめ:不確実性の高い2026年為替相場
2026年の円ドル相場は、米国の経済政策、日銀の金融政策、そして日本の財政運営という3つの要因によって大きく左右されます。1ドル160円という予測は決して絵空事ではなく、現実的なシナリオの一つとして捉えるべきです。
重要なのは、円安が一時的な現象ではなく、日本経済の構造的な課題を反映したものであるという認識です。低成長、財政悪化、そして金融政策の限界こうした問題に正面から向き合わない限り、円安圧力は今後も継続する可能性が高いでしょう。
個人投資家や家計にとっては、円安を前提としたリスク管理と資産分散が不可欠です。2026年の為替市場は、日本経済の将来を占う重要な試金石となるでしょう。
