政府の「おこめ券」政策に潜む重大な盲点
2026年1月、日本の農業界に衝撃が走っている。政府が物価高対策として推進する「おこめ券」配布政策が、皮肉にも国産米の価格暴落と農業崩壊を招く危険性を秘めているという深刻な警告が、現場の農家から上がっているのだ。
「このままでは、2026年夏に米価が暴落し、民間業者の連鎖倒産が始まる」——福島県の現役農家が明かした衝撃の予測は、単なる危機感の表明ではない。金融機関の融資、在庫の積み上がり、輸入米の浸透という3つの要因が重なり合い、日本の米農業が音を立てて崩れ始める可能性が現実味を帯びている。一見すると善意の政策が、なぜ農業崩壊の引き金になりかねないのか。その知られざる真相に迫る。
おこめ券政策の全貌:2兆円規模の経済対策
2025年11月、日本政府は総額約21兆円規模の総合経済対策を閣議決定した。その中で「重点支援地方交付金」として2兆円が計上され、農林水産省が推奨する「おこめ券」の配布という具体的施策が打ち出された。
JA全農は2025年12月11日、自治体向けに臨時の「おこめ券」を2026年1月中旬を目処に発行すると発表。通常の券面500円で440円相当の米と交換できる仕組みに対し、今回は利益を乗せず、印刷費や配送費などの必要経費のみを上乗せする形で、約480円程度で自治体に販売される見込みだ。
使用期限は2026年9月30日までとされ、未使用分は自治体に返金される仕組みとなっている。転売防止のため、券面には「転売禁止」の文言も明記されている。
現役農家が警告する「米価暴落」の悪夢
しかし、この一見良心的に見える政策に対し、デイリー新潮の取材に応じた福島県須賀川市の現役農家は、深刻な懸念を表明している。
農家の指摘によれば、最大の問題は「おこめ券が輸入米や備蓄米の購入にも使える」という点だ。現在、米価は5キロあたり4,337円(2025年12月時点)と史上最高値を更新しており、消費者、特に低所得者層は少しでも安い米を求めている。
「低所得者層がおこめ券で安い輸入米を1袋でも多く買いたいと考えるのは当然です。そうなれば、国産米はさらに動かなくなり、高止まりしたまま安い輸入米から売れていく」と農家は指摘する。
輸入米のじわり浸透が加速
実際、国産米の供給が不安定になる中、輸入米が国内マーケットでじわりと浸透している。米国産やオーストラリア産への切り替えが大手コンビニでも進んでおり、牛丼やおにぎりなど外食・中食へも用途が拡大している状況だ。
2026年に起こりうる「米価崩壊」のメカニズム
農家が最も恐れているのは、2026年に発生しうる「連鎖的な市場崩壊」だ。そのメカニズムは以下の通りである。
ステップ1:在庫の積み上がり
2025年産米の収穫量は前年比で増加したものの、米価高騰により消費者の購入量が減少。小売店頭での販売状況が芳しくなく、一部のスーパーでは精米後1ヵ月以上経過し、見切り販売を始めてようやく売れたという声も聞かれる。
その結果、2026年6月末の民間在庫量は214万トンから228万トンと予測され、2015年の226万トンを上回り、近年では最大量となる可能性がある。現在、卸売業者や集荷業者の倉庫には大量の令和7年産米が在庫されている状況だ。
ステップ2:民間業者のキャッシュフロー危機
ここで重要なのが、民間米卸業者の資金繰りだ。「業者は、農家から米を買うのに金融機関から借り入れしています。それなのに予定数量が売れなかったら、キャッシュフローが回らなくなり、投げ売りするしかないのです」と農家は警告する。
実際、2025年秋の時点で、銀行の融資姿勢には変化が見られている。JAcom(農業協同組合新聞)の報道によれば、米価が急落し新米在庫が動かない中、高値で集荷した米を抱える業者が、利益の出る価格で売れず、融資も受けられない状況に陥っているケースが報告されている。
通常、融資は9月の調達資金として提供され、米の販売収入で下期に返済される流れだが、在庫が動かなければこのサイクルが破綻する。
ステップ3:投げ売りと価格崩壊
金融機関から返済を迫られた民間業者は、損失覚悟で在庫を投げ売りせざるを得なくなる。これが複数の業者で同時多発的に起これば、米価は一気に暴落する。
実際、コメ業界では既に「近く米価は下がる」との見方が広がっており、2026年1月下旬には5キロあたり4,000円程度、6~7月の時期には3,500~4,000円まで下落する可能性が指摘されている。
ステップ4:連鎖倒産の危機
価格暴落により、借入金の返済ができない業者が相次げば、連鎖倒産が発生する可能性がある。これは単なる杞憂ではなく、金融機関の融資審査においても、在庫が過剰であれば企業評価が下がり、追加融資が困難になるという実態がある。
「おこめ券」が市場崩壊を加速させる理由
では、なぜ「おこめ券」がこの危機を加速させるのか。
理由1:市場メカニズムの歪み
ニッセイ基礎研究所の分析によれば、「供給が十分であるにもかかわらず価格高騰による需要減退で米価格が調整すべき局面にある中でのおこめ券配布による需要下支えは、市場機能を弱め、米価格の高止まりを長引かせる可能性がある」と指摘されている。
本来、高値で売れ残った在庫は価格調整により徐々に流通するはずだが、おこめ券により「高値でも買える」状況が作られれば、調整が遅れ、結果として急激な調整(暴落)を招く。
理由2:輸入米への資金流出
おこめ券が輸入米の購入にも使えるということは、政府の補助金が海外の米生産者に流れることを意味する。国産米を支援するはずの政策が、皮肉にも輸入米の市場シェア拡大を後押しする結果となる。
大手コンビニや外食チェーンが既に輸入米へのシフトを進めている状況下で、消費者レベルでも輸入米への需要が喚起されれば、国産米の立場はさらに悪化する。
理由3:非効率な支援構造
名目額面500円のおこめ券に対し、利用者が実際に使用できる金額は440円にとどまり、差額の60円は発行・流通・事務費などのコストとして控除される。今回は480円程度まで改善されるものの、それでも約20円が中間コストとして消失する。
家計支援策としては、現金給付に比べて効率性が低く、その分だけ政策効果が減殺されている。
政策の矛盾:「農家支援」か「JA支援」か
プレジデントオンラインの記事では、「おこめ券でJAを救済したいだけ…税金4000億円で”史上最高値のコメ”を買わせる農水大臣とJAの癒着ぶり」という強い批判も展開されている。
確かに、おこめ券の流通により最も直接的な利益を得るのはJA全農である。しかし皮肉なことに、現役農家自身が「この政策は農家を苦しめる」と警鐘を鳴らしているのだ。
ここには、「組織としての農協」と「個別の農家」の利害が必ずしも一致していないという日本農業の構造的問題が透けて見える。
専門家の見解:政策効果と手続きの問題
三菱総合研究所のコラム『令和のコメ騒動』では、おこめ券政策について「政策効果と手続きの問題に注目すべき」と指摘している。
キヤノングローバル戦略研究所の経済分析でも、おこめ券の真の効果について疑問が呈されており、表面的な農協批判よりも、政策設計そのものの問題を検証する必要性が強調されている。
自治体の反応:推奨に反発も
興味深いことに、政府の推奨にもかかわらず、おこめ券の採用を見送る自治体も少なくない。日刊ゲンダイの報道では、「鈴木農相肝入り『おこめ券』の無責任…現金から金券に形変えたバラマキ、制度設計は自治体に丸投げ」と批判されている。
自治体側からすれば、配布方法、対象世帯の選定、事務処理の負担など、実務上の課題が多く、単純に現金給付の方が効率的だという判断もあり得る。
2026年、日本の米市場はどうなるのか
現在の状況を総合すると、2026年の米市場には以下のシナリオが考えられる。
楽観シナリオ:軟着陸
おこめ券の使用が国産米に集中し、在庫が計画的に消化されれば、1月下旬に4,000円程度、その後3,500~4,000円程度への緩やかな価格調整で済む可能性がある。ただし、このシナリオでは輸入米への流出を防ぐ何らかの措置が必要となる。
悲観シナリオ:市場崩壊
おこめ券が輸入米購入に大量に使われ、国産米の在庫が春から初夏にかけて積み上がり続けた場合、民間業者のキャッシュフロー危機が顕在化。6~7月に投げ売りが始まり、5キロあたり3,000円台前半、あるいはそれ以下まで暴落する可能性がある。
この場合、高値で調達した業者の連鎖倒産が発生し、翌年以降の米流通システムそのものが打撃を受ける恐れがある。
最悪シナリオ:農業基盤の崩壊
価格暴落により、農家の収入も激減。特に、高値を見込んで設備投資や規模拡大を進めた農家が打撃を受ける。後継者不足が深刻化する中、若手農家の離農が加速し、日本の食料安全保障が危機に瀕する。
必要な対策:今からでも間に合うこと
では、この危機を回避するために何が必要なのか。
対策1:おこめ券の使用制限
国産米のみに使用を限定する、あるいは国産米を優遇する価格設定を導入することで、輸入米への資金流出を防ぐ。ただし、これはWTO規則との整合性を検討する必要がある。
対策2:在庫調整支援
民間業者のキャッシュフロー支援として、政府や政府系金融機関による低利融資や返済猶予措置を講じる。急激な投げ売りを防ぐことで、市場の混乱を最小限に抑える。
対策3:透明な市場情報の提供
在庫状況、販売動向、価格見通しなどの情報を業界全体で共有し、過度な在庫積み増しや投げ売りを防ぐ。農林水産省による「米の相対取引価格・数量、集荷・契約・販売状況、民間在庫の推移等」の公表をさらに充実させる。
対策4:政策の抜本的見直し
長期的には、おこめ券という間接的な支援ではなく、直接的な農家所得補償や、消費拡大のための戦略的マーケティング支援など、より効果的な政策への転換を検討すべきである。
私たち消費者にできること
この問題は、農家や業者だけの問題ではない。日本の食料安全保障、そして私たちの食卓に直結する問題である。
消費者として私たちにできることは、まず「国産米を選ぶ」という意識を持つこと。価格だけでなく、品質、安全性、そして日本の農業を守るという視点で購買判断をすることが重要だ。
また、政策に対する関心を持ち、自治体や政府に声を届けることも大切である。おこめ券を受け取る側として、その使い方が日本の農業の未来を左右するという認識を持つべきだろう。
まとめ:2026年は日本農業の分岐点
2026年は、日本の米農業にとって重要な分岐点となる可能性が高い。政府の「善意」から生まれたおこめ券政策が、意図せず農業崩壊の引き金を引くかもしれないという皮肉な状況に、私たちは直面している。
現役農家の警告を真摯に受け止め、政策の再検討と適切な対策を講じなければ、「令和の米騒動」は単なる一時的な価格変動ではなく、日本の食料生産基盤を揺るがす歴史的転換点として記憶されることになるだろう。
今こそ、農家、業者、政府、そして消費者が一体となって、日本の米農業の未来を真剣に考える時である。2026年9月30日のおこめ券使用期限までに、どのような選択をするかが、今後数十年の日本農業の命運を決めることになるかもしれない。
