豊昇龍横綱昇進の裏側!10分審議が物語る角界の危機
2025年1月29日、大相撲界に激震が走った。日本相撲協会が開いた番付編成会議と臨時理事会で、大関・豊昇龍(立浪部屋)の第74代横綱昇進が正式に決定したのだ。しかし、この昇進をめぐっては、相撲界内外から様々な声が上がり、まさに賛否両論の渦中にある。25歳の若き力士が背負う「令和の横綱」という重責と、その昇進に至った経緯を詳しく見ていこう。
波乱の初場所から生まれた新横綱
2025年初場所は、豊昇龍にとって文字通り「綱取り」の場所だった。しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。5日目に熱海富士、中日には正代に敗れ、2敗を喫した時点で、多くの相撲ファンは「今場所での横綱昇進は消えた」と思っただろう。
そして9日目、平戸海に3敗目を喫した瞬間、場内にはため息が漏れた。横綱昇進の目安とされる「2場所連続優勝」または「それに準ずる成績」という基準からすれば、3敗での優勝では説得力に欠けるという見方が大勢を占めていた。
しかし、豊昇龍はここから驚異的な粘りを見せる。10日目から千秋楽まで6連勝を飾り、12勝3敗で本割を終えた。そして運命の優勝決定戦。3力士による巴戦で、金峰山、王鵬を完璧な内容で下し、大関として初めての優勝を手にしたのだ。
全会一致の裏側にあった葛藤
1月27日に開かれた横綱審議委員会。ここでの議論は、わずか10分という異例の短さで終了した。9人の委員全員が豊昇龍の横綱昇進に賛成の手を挙げ、「全会一致」での推薦が決まったのだ。
しかし、この「全会一致」には大きな疑問符がついている。複数の関係者によると、審判部内では昇進に反対する声が多数を占めていたという。ある親方は「3敗での優勝で横綱になれるなら、これまでの基準は何だったのか」と漏らしたという。
実際、過去の横綱昇進例を見ても、綱取り場所で3敗しての昇進は極めて異例だ。特に、その3敗がすべて平幕力士に対する取りこぼしだったことも、批判の的となっている。
横綱不在への危機感
では、なぜこのような状況で昇進が決まったのか。その背景には、照ノ富士の引退が迫っているという現実があった。照ノ富士は度重なる怪我に苦しみ、すでに限界が近いとされている。もし豊昇龍の昇進を見送れば、春場所以降、横綱不在という事態に陥る可能性が高かった。
「横綱不在は興行的にも大きな打撃となる」という相撲協会幹部の声が、今回の決定に大きく影響したとされる。つまり、実力以上に「必要性」が優先されたという見方が強いのだ。
昇進伝達式での決意表明
1月29日、豊昇龍のもとに昇進を伝える使者が訪れた。昇進伝達式で豊昇龍は「横綱の名を汚さぬよう、気魄一閃の精神で精進致します」と口上を述べた。これは大関昇進時と同じ四字熟語で、一貫した姿勢を示したものだ。
さらに記者会見では「もっと相撲が好きになった」と語り、「優勝の回数を2桁に」という大きな目標を掲げた。25歳という若さは、確かに大きな可能性を秘めている。
賛否両論の嵐
肯定的な反応
豊昇龍の地元・千葉県柏市は、早速祝賀ムードに包まれた。市役所には懸垂幕が設置され、モンゴル語で「おめでとう」という言葉も添えられた。2月16日には柏駅前で祝賀パレードも予定されている。
また、若い世代のファンからは「新しい時代の横綱像を作ってほしい」「25歳なら伸びしろは十分」といった期待の声も上がっている。
批判的な反応
一方で、批判の声も根強い。元NHKアナウンサーの藤井康生氏は「私がもし、横綱審議委員会のメンバーに入っていれば、きっと賛成の手は挙げていないと思います」と明言。多くのファンがこの意見に賛同している。
「作られた横綱」「昇進は時期尚早だった」という厳しい言葉も飛び交い、SNS上では激しい議論が続いている。特に、過去の大横綱たちと比較して「格が違う」という声は少なくない。
朝青龍の甥として背負う宿命
豊昇龍には、もう一つ大きな重圧がある。それは、叔父が第68代横綱・朝青龍明徳だということだ。朝青龍は25回の優勝を誇る大横綱。その甥として、常に比較される宿命を背負っている。
本名スガラグチャー・ビャンバスレンとして生まれた豊昇龍は、1999年5月22日生まれ。初土俵から横綱昇進までの所要場所数は42場所で、これは歴代6位のスピード記録だ。年6場所制以降の初土俵力士の中では歴代5位という早さである。
新横綱場所での苦戦が物語るもの
批判の声が現実味を帯びたのは、新横綱として迎えた3月場所でのことだった。9日目を終えて5勝4敗という成績に終わり、10日目から休場。新横綱が休場するのは実に39年ぶりという不名誉な記録を作ってしまった。
この結果は、「やはり昇進は早すぎた」という声を一層強めることとなった。横綱としての重圧、周囲の期待、そして批判の声。すべてが25歳の若者には重すぎたのかもしれない。
横綱審議委員会の存在意義への疑問
今回の昇進劇で最も問題視されているのは、横綱審議委員会のあり方だ。わずか10分で全会一致という結論は、本当に十分な議論がなされたのか疑問を呼んでいる。
ある相撲ジャーナリストは「横綱審議委員会は、相撲協会の決定を追認するだけの機関になってしまった」と批判する。本来、横綱の品格と実力を厳正に審査すべき機関が、その役割を果たしていないのではないかという指摘だ。
これは単なる一力士の昇進問題ではない。これまで「不文律」として守られてきた横綱昇進基準が、興行的理由で崩れた初めてのケースとして、相撲界の歴史に刻まれることになった。伝統と興行のバランスをどう取るか、角界は大きな岐路に立たされている。
令和の横綱像とは
豊昇龍の昇進は、図らずも「令和の横綱像」とは何かという問いを投げかけることとなった。昭和・平成の横綱たちが築いてきた「品格」「強さ」「威厳」という伝統的な横綱像に対し、新しい時代の横綱はどうあるべきか。
SNS時代において、横綱の一挙手一投足が即座に拡散され、批判の対象となる。そんな環境下で、若い横綱がどのように成長し、角界を引っ張っていくのか。これは豊昇龍個人の問題を超えた、大相撲界全体の課題でもある。
急速な世代交代が示す相撲界の未来
照ノ富士(33歳)から豊昇龍(25歳)への横綱の座の移行は、単なる個人の交代以上の意味を持つ。これは相撲界全体の急速な世代交代の象徴でもある。力士の高齢化が進む中、若い力士への期待は否応なく高まっている。
しかし、この世代交代は準備不足のまま進んでいるのが現実だ。本来なら数年かけて育成すべき横綱候補を、興行的理由で急いで昇進させざるを得ない状況。これこそが、今の角界が抱える構造的な問題の表れといえる。
批判を力に変えられるか
豊昇龍自身も、自分への批判は十分に認識しているだろう。記者会見で語った「もっと相撲が好きになった」という言葉には、批判をバネにして成長したいという決意が込められているように感じられる。
25歳という年齢は、確かに伸びしろがある。批判の声を真摯に受け止め、稽古に励み、土俵で結果を出すことで、真の横綱へと成長する可能性は十分にある。
今後の展望
豊昇龍が掲げた「2桁優勝」という目標は、決して簡単なものではない。歴代横綱で10回以上優勝したのは、限られた大横綱だけだ。しかし、この高い目標を掲げたことは、彼の覚悟の表れでもある。
今後、豊昇龍が本当の意味で「第74代横綱」として認められるかどうかは、彼自身の土俵での活躍にかかっている。批判を力に変え、誰もが認める横綱へと成長できるか。令和の大相撲界は、新たな挑戦の時を迎えている。
まとめ
豊昇龍の横綱昇進は、大相撲界に大きな波紋を投げかけた。賛否両論の中で誕生した第74代横綱は、これから長い道のりを歩むことになる。批判の声も、期待の声も、すべてを背負って土俵に上がる覚悟が求められている。
相撲ファンとしては、若い横綱の成長を見守りながら、時に厳しく、時に温かく応援していくことが大切だろう。豊昇龍が真の横綱として認められる日が来ることを、多くのファンが待ち望んでいる。