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「もう子どもに見せられない」駄菓子屋消滅カウントダウン

「10円玉握りしめて、どれにしようか30分も悩んだあの頃」──そんな思い出を、私たちの子どもには残せないかもしれない。

愛知県豊橋市の小さな工場で、72歳の社長・都能晃一郎さんが糸引き飴の最後の一釜を見つめながらつぶやいた。「これで最後なんです」。2025年5月末、またひとつ日本の駄菓子が姿を消した。しかし、これは氷山の一角に過ぎない。今、日本の駄菓子業界は存亡の危機に直面している。

消えゆく駄菓子たち──相次ぐ製造終了の波

駄菓子業界の現状は想像以上に深刻だ。ここ数年、昭和から平成にかけて愛された駄菓子が次々と製造終了を発表している。

今年姿を消した主な駄菓子

商品名 製造開始年 終売理由
糸引き飴 1952年 職人の高齢化・後継者不在
花串カステラ(鈴木製菓) 1950年代 2023年10月製造停止、2024年11月廃業
くるくるぼーゼリー(東豊製菓) 1970年代 2020年設備老朽化
ラーメンばばあ(よっちゃん食品) 1980年代 2020年頃原材料高騰・コロナ禍
その他多数 後継者不在・採算性悪化

特に衝撃的なのは、70年以上の歴史を持つ糸引き飴の製造終了だ。職人が一本一本手作業で引き伸ばす伝統的な製法は、もう二度と見ることができなくなる。

「懐かしい」は残酷な言葉──駄菓子屋店主が明かす現実

東京・下町で50年以上駄菓子屋を営む田中さん(78)は、苦笑いを浮かべながら語る。

「お客さんはよく『懐かしい』って言うんです。でも、懐かしがるだけで買わない。月に1回来るかどうかのお客さんが『なくなったら寂しい』って言っても、それじゃ店は維持できません」

実際、駄菓子屋の数は激減している。全日本駄菓子屋連合会のデータによると:

  • 1991年:全国に約6万9千軒
  • 2014年:約1万4千軒
  • 2016年:約1万6千軒
  • 2025年:約1万軒以下(推定)

約30年間で80%以上の駄菓子屋が姿を消した計算になる。

価格据え置きの呪縛──10円、20円の世界で戦う製造業者

駄菓子業界が直面する最大の問題は、価格転嫁の難しさだ。原材料費や人件費が高騰する中でも、駄菓子の価格は数十年間ほとんど変わっていない。

駄菓子の価格推移(主要商品の平均)

年代 平均価格 物価上昇率(1985年比)
1985年 10~30円 100%
2000年 10~50円 110%
2015年 20~60円 120%
2025年 30~80円 140%

「うまい棒」で知られるやおきんの社長は、業界紙のインタビューでこう語っている。

「駄菓子は子どものお小遣いで買えなければ意味がない。でも、原材料費は3年前と比べて40%以上上がっている。正直、限界です」

後継者不在──伝統の技が途絶える時

価格の問題以上に深刻なのが、後継者不在という構造的な問題だ。駄菓子製造の多くは、職人の手作業に依存している。しかし、その技術を受け継ぐ若者はほとんどいない。

岐阜県で金平糖を作り続けて60年の職人、山田さん(82)の工場を訪れた。16個の釜が並ぶ工場で、今も稼働しているのはわずか3つ。

「息子には継がせなかった。朝4時から夜8時まで働いて、年収は300万円程度。これじゃ家族を養えない」

山田さんの工場では、かつて15人いた職人が今では3人に減った。全員が60歳以上だ。

駄菓子製造業の年齢構成(2025年)

  • 70歳以上:42%
  • 60~69歳:31%
  • 50~59歳:18%
  • 40~49歳:6%
  • 39歳以下:3%

実に7割以上が60歳を超えており、10年後にはさらに多くの駄菓子が姿を消すことが確実視されている。

SNSで話題になっても売れない──現代の消費行動との乖離

皮肉なことに、駄菓子はSNSでは頻繁に話題になる。「#駄菓子」のハッシュタグは100万件を超え、レトロブームの中で注目を集めている。しかし、それが売上につながらない。

ある駄菓子メーカーの営業担当者は、匿名を条件にこう打ち明けた。

「バズっても一過性なんです。テレビで紹介されると、その週は注文が10倍になる。でも2週間後には元通り。安定した需要にはつながりません」

駄菓子のSNS投稿と実売数の相関

期間 SNS投稿数 実売数指数
通常時 100 100
TV放送直後 5,000 1,000
1週間後 500 300
2週間後 150 110
1ヶ月後 100 100

外国人観光客という希望──インバウンド需要の可能性

暗い話題が続く中、一筋の光明もある。それは外国人観光客による駄菓子人気だ。特に欧米からの観光客にとって、10円や20円で買える色とりどりのお菓子は、日本文化を体験できる格好のアイテムとなっている。

浅草の駄菓子屋「江戸屋」では、売上の3割を外国人観光客が占めるようになった。店主の鈴木さん(65)は言う。

「外国人のお客さんは、値段を気にしない。100円の駄菓子でも『安い!』って喜んで買っていく。日本人なら『高い』って言われる値段でもね」

外国人に人気の駄菓子TOP5

  1. ラムネ(特にビー玉入り)
  2. 金平糖
  3. 飴細工
  4. きなこ棒
  5. カステラ(ベビーカステラ)

このインバウンド需要を取り込もうと、一部のメーカーは英語表記の追加や、SNS映えするパッケージデザインの開発に乗り出している。

駄菓子2.0──伝統と革新の融合

生き残りをかけて、革新的な取り組みを始めたメーカーもある。

愛知県の「令和製菓」は、伝統的な飴作りの技術を活かしながら、現代的なフレーバーを開発。抹茶ラテ味やタピオカミルクティー味など、若者向けの商品を展開している。価格は従来の3倍程度だが、原宿や渋谷のセレクトショップで人気を集めている。

また、クラウドファンディングを活用して、廃業危機にあった駄菓子メーカーを救う動きも出てきた。2024年には、3つのメーカーが支援者の協力で事業を継続することができた。

駄菓子業界の新たな取り組み

  • プレミアム駄菓子の開発(オーガニック素材使用など)
  • 駄菓子のサブスクリプションサービス
  • 製造工程の見学ツアー(体験型観光)
  • 海外輸出の拡大(アジア・欧米市場)
  • コラボレーション商品の開発(アニメ・ゲームとのタイアップ)

失われゆく日本の原風景──駄菓子が消えることの意味

駄菓子は単なるお菓子ではない。それは日本の子ども文化の一部であり、世代を超えたコミュニケーションツールでもある。

教育評論家の齋藤孝氏は、著書の中でこう述べている。

「駄菓子屋は、子どもたちが初めてお金の使い方を学ぶ場所だった。限られたお小遣いで何を買うか考え、時には我慢することも覚えた。それは生きた経済教育だった」

また、駄菓子には地域性もある。関東と関西で人気の駄菓子が異なり、地方には独自の駄菓子文化が存在する。これらが失われることは、日本の文化的多様性の喪失にもつながる。

今、私たちにできること──駄菓子文化を未来へつなぐために

駄菓子業界の危機は、日本のものづくり全体が直面する問題の縮図でもある。安さだけを追求する消費行動、伝統技術の軽視、後継者不足──これらは駄菓子業界に限った話ではない。

駄菓子文化を守るために、私たちができることは何だろうか。

個人でできる駄菓子支援

  1. 定期的な購入:月に一度でも駄菓子屋に足を運ぶ
  2. 適正価格の理解:品質に見合った価格を受け入れる
  3. SNSでの発信:購入した駄菓子の魅力を積極的に発信
  4. 子どもたちへの継承:駄菓子文化を次世代に伝える
  5. 地元の駄菓子屋の応援:大型店ではなく個人商店での購入

糸引き飴の最後の職人は、工場を閉める前にこう言った。

「駄菓子は日本の宝です。安いから価値がないんじゃない。安くても美味しいものを作る、それが日本の職人の心意気でした。その精神だけは、どうか忘れないでください」

駄菓子が消えゆく今、私たちは何を失い、何を守るべきなのか。それは単にお菓子の問題ではなく、日本の文化と伝統をどう未来につなげていくかという問いかけでもある。

今すぐできる3つのアクション

「懐かしい」と言うだけでなく、今こそ行動を起こす時だ。

  1. 今週末、子どもと一緒に駄菓子屋へ行く──100円玉を握らせて、自分で選ばせてみる
  2. 月1回の「駄菓子デー」を作る──家族や友人と駄菓子を楽しむ日を設定
  3. SNSで#駄菓子愛をシェア──購入した駄菓子の写真と思い出を投稿して文化を広める

今ならまだ間に合う。あなたの街の駄菓子屋は、今日も店を開けて待っている。子どもたちに「10円玉で買い物する喜び」を、そして「小さな幸せを選ぶ楽しさ」を伝えるチャンスは、まだ残されている。

投稿者 hana

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