2025年7月30日、立憲民主党の有田芳生衆議院議員がX(旧Twitter)上で、参政党の初鹿野裕樹参議院議員による南京事件を「捏造」とする投稿に対し、「歴史の修正とか改ざんのレベルではない」と厳しく批判したことが大きな波紋を呼んでいる。
この発言の背景には、SNS時代における政治家の「炎上マーケティング」とも言える新たな支持拡大戦略があるのではないかという見方も浮上している。過激な発言で注目を集め、特定の支持層を固める手法は、従来の政治手法とは一線を画すものだ。
発端となった参政党議員の投稿
今回の論争の発端は、2025年7月20日の参議院選挙で当選したばかりの参政党・初鹿野裕樹議員が、6月18日に投稿していた内容にある。初鹿野議員は自身のX(旧Twitter)で、1937年に起きた南京事件について「捏造」という表現を用いて否定的な見解を示していた。
南京事件は、日中戦争中の1937年12月に日本軍が当時の中国の首都・南京を占領した際に発生した事件で、多数の中国人が犠牲になったとされる。この事件については、犠牲者数などで様々な議論があるものの、日本政府も事件の存在自体は認めており、国際的にも広く認知されている歴史的事実である。
参政党とはどんな政党か
参政党は2020年に設立された比較的新しい政党で、「日本の国益を守る」「既存政党にはできない改革を実現する」といったスローガンを掲げている。支持者の間では、既存の政治に対する不満の受け皿として注目を集めており、SNSを活用した情報発信に力を入れている。
しかし、党所属議員や支持者の一部から、歴史認識や科学的根拠に関して疑問視される発言が度々出ており、そのたびに論争を巻き起こしてきた。今回の初鹿野議員の発言も、そうした流れの中で起きたものと見られている。
有田芳生氏の強い批判
こうした初鹿野議員の投稿に対し、7月30日、有田芳生議員は自身のXで「歴史の修正とか改ざんのレベルではない」と述べ、強い調子で批判した。有田氏は、単なる歴史認識の違いという問題を超えた深刻な事態だという認識を示している。
有田芳生氏のプロフィール
有田芳生氏は1952年生まれの73歳。ジャーナリスト出身の政治家で、特にオウム真理教事件の取材・報道で知られている。2010年から2期12年間参議院議員を務めた後、2021年の衆議院選挙で初当選し、現在は衆議院議員として活動している。
長年にわたってヘイトスピーチ問題や差別問題に取り組んでおり、「ヘイトスピーチ解消法」の成立にも尽力した。また、旧統一教会問題についても積極的に発言しており、被害者救済に向けた活動を続けている。
なぜ問題視されるのか
今回の初鹿野議員の発言が問題視される理由は複数ある。
1. 歴史的事実の否定
南京事件は、日本政府も公式に認めている歴史的事実である。外務省のウェブサイトにも「日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」と明記されている。こうした政府見解に反する発言を国会議員が行うことは、日本の国際的信頼性を損なう可能性がある。
2. 国際関係への影響
南京事件は日中関係において極めてセンシティブな問題である。国会議員による否定的発言は、両国関係に悪影響を及ぼす可能性があり、外交上の問題にも発展しかねない。実際、過去にも同様の発言が日中関係の緊張を高めた例がある。
3. 被害者への配慮の欠如
歴史的事件には多くの被害者が存在する。その存在自体を「捏造」と表現することは、被害者やその遺族の尊厳を傷つける行為であり、人道的観点からも問題がある。
過去の類似事例と政治的影響
日本の政治家による歴史認識を巡る発言は、これまでも度々問題となってきた。
過去の事例
1986年には、当時の文部大臣が「南京事件はなかった」と発言し、辞任に追い込まれた。また、1994年には法務大臣が「南京大虐殺はでっち上げ」と発言し、これも辞任につながった。
近年でも、2012年には名古屋市長が南京事件を否定する発言を行い、南京市との友好都市関係が一時停止される事態となった。
政治的な影響
こうした発言は、単に個人の見解にとどまらず、以下のような政治的影響を及ぼしてきた:
- 国際社会における日本の評価低下
- 近隣諸国との外交関係の悪化
- 国内での歴史教育を巡る論争の激化
- 政権支持率への影響
専門家の見解
歴史学者や国際関係の専門家からは、今回の件について様々な意見が出ている。
歴史学者の視点
多くの歴史学者は、南京事件の存在自体は歴史的事実として確立されており、議論の余地はないという立場を取っている。ただし、犠牲者数については諸説あり、研究者によって見解が分かれている部分もある。
ある大学教授は「歴史的事実の存在自体を否定することと、その詳細について学術的に議論することは全く別の問題。前者は歴史修正主義であり、後者は健全な学術活動だ」と指摘している。
国際関係専門家の懸念
国際関係の専門家からは、こうした発言が日本の外交に与える影響を懸念する声が上がっている。特に、日中関係が微妙な時期にこうした発言が出ることで、両国関係がさらに複雑化する可能性が指摘されている。
SNS上での反応
今回の有田氏の批判を受けて、SNS上では様々な反応が見られる。
支持する声
有田氏の批判を支持する声としては、以下のような意見が見られる:
- 「国会議員が歴史的事実を否定するのは問題」
- 「国際社会での日本の信頼が損なわれる」
- 「被害者の尊厳を傷つける発言は許されない」
批判的な声
一方で、有田氏への批判的な意見も存在する:
- 「言論の自由が脅かされている」
- 「歴史には様々な見方があるはず」
- 「政治的な意図を感じる」
中立的な意見
また、どちらの立場にも与しない中立的な意見として:
- 「感情的な議論ではなく、冷静な歴史検証が必要」
- 「政治家は発言により慎重になるべき」
- 「歴史教育の重要性を改めて認識した」
子供たちへの影響:教育現場の混乱
今回の論争が最も深刻な影響を与えるのは、子供たちの歴史教育の現場である。
教科書問題への波及
歴史教科書の記述を巡っては、これまでも度々議論が起きてきた。国会議員による歴史否定発言は、教科書検定や採択にも影響を与える可能性がある。実際、ある中学校教師は「生徒から『国会議員が嘘だと言っているのに、なぜ教科書には載っているのか』と質問されて困った」と語っている。
家庭での歴史教育
30代の母親からは「子供にどう説明すればいいのか分からない。学校で習うことと、ネットで見る政治家の発言が違っていて混乱する」という声も上がっている。歴史認識の相違が、家庭内での教育にも影響を及ぼし始めている。
ビジネスへの実害:見過ごせない経済的影響
政治家の歴史認識発言は、日本企業の国際ビジネスにも実害をもたらす可能性がある。
中国市場での日本企業への影響
中国は日本にとって最大の貿易相手国の一つである。過去には、歴史認識問題が原因で日本製品の不買運動が起きたこともある。ある大手メーカーの中国駐在員は「政治家の発言一つで、現地での営業活動が困難になることがある」と懸念を示している。
国際的な企業イメージ
グローバル企業にとって、本国の政治家による歴史否定発言は、企業イメージにも影響する。特に欧米では、歴史修正主義に対する批判が強く、日本企業の評価にも影響しかねない。
今後の展開と課題
この問題は、単に個人間の論争にとどまらず、より大きな課題を提起している。
政治的な影響
参政党は新しい政党として注目を集めているが、所属議員のこうした発言が党のイメージに与える影響は小さくない。党としての歴史認識に関する見解を明確にする必要に迫られる可能性がある。
また、立憲民主党の有田氏がこの問題を取り上げたことで、国会での議論に発展する可能性もある。歴史認識を巡る与野党間の対立が再燃する可能性も否定できない。
教育への影響
こうした論争は、歴史教育のあり方にも影響を与える。若い世代が正しい歴史認識を持つためには、どのような教育が必要なのか、改めて議論される必要がある。
SNS時代の「炎上政治」という新現象
今回の件で注目すべきは、過激な発言がSNS上で拡散されることで、かえって特定の支持層からの支持を固める効果があるという点だ。これは「炎上マーケティング」の政治版とも言える現象で、従来の政治手法では考えられなかった戦略である。
ある政治評論家は「批判されることを前提に過激な発言をし、それによって注目を集め、支持者を増やす。これは計算された戦略の可能性がある」と分析している。
メディアの役割
メディアには、こうした問題を扱う際に、感情的な対立を煽るのではなく、事実に基づいた冷静な報道が求められる。また、歴史的事実と意見・解釈の違いを明確に区別して伝えることも重要である。
国際社会との関係
日本は国際社会の一員として、歴史認識においても責任ある態度が求められている。
近隣諸国との関係
特に中国や韓国など、歴史問題で敏感な関係にある国々との外交において、政治家の発言は大きな影響を持つ。建設的な関係を築くためには、歴史的事実を踏まえた上での対話が不可欠である。
国際機関での立場
日本は国連などの国際機関において重要な役割を担っている。歴史認識において国際的なコンセンサスから逸脱した発言は、こうした場での日本の発言力を弱める可能性がある。
結論:求められる建設的な議論
今回の有田芳生氏による批判は、単なる政治家同士の論争を超えて、日本社会が歴史とどう向き合うかという根本的な問題を提起している。
歴史的事実を否定することと、その解釈について議論することは明確に区別されるべきである。前者は国際社会での日本の信頼を損ない、被害者の尊厳を傷つける行為である。一方、後者は健全な民主主義社会において必要な営みである。
政治家には、その発言が持つ影響力を自覚し、責任ある言動が求められる。特に国会議員は、国民の代表として、また国際社会における日本の顔として、より慎重な発言が必要である。
同時に、私たち市民一人一人も、歴史に対する正しい理解を深め、感情的な対立ではなく建設的な議論ができる社会を作っていく責任がある。
歴史は過去の出来事であると同時に、現在と未来を考える上での重要な指針でもある。今回の論争が、日本社会が歴史とどう向き合うべきかを考える契機となることを期待したい。