消えゆく証言者たち―被爆者の現状

厚生労働省の発表によると、2025年3月末時点での被爆者数は10万人を下回り、平均年齢は86.13歳となった。これは1957年に被爆者健康手帳の交付が始まって以降、初めて10万人を割り込んだ歴史的な転換点である。

被爆者数の推移を見ると、その変化の激しさが分かる。1958年の約20万人から始まり、1981年に約37万人でピークを迎えた後、2000年には30万人、2014年には20万人を下回った。そして2025年、ついに10万人を下回るまでに減少している。

デジタル技術で継承する記憶

被爆者の高齢化という現実を受け、広島では革新的な取り組みが始まっている。AIやVR(仮想現実)といった最新のデジタル技術を活用して、被爆体験を次世代に伝えようとする試みだ。

VR技術による没入型体験

NHK広島放送局では、2020年に88歳で亡くなった被爆者の児玉光雄さんの体験をVRで映像化した。VR技術はこうした要素を視覚的・聴覚的に再現し、体験者により深い理解を提供することができる。

AI技術による対話型システム

さらに注目されるのが、AI技術を活用した「AI語り部」システムの導入だ。広島市では、被爆者の証言をAIに学習させ、本人が話しているような映像と音声で約130の質問に対応できるシステムを開発している。このシステムでは、「光って4、5秒で爆風が…」といった具体的な被爆体験について、まるで被爆者本人が答えているかのような対話が可能になる。

技術活用における課題と注意点

しかし、これらの革新的な技術活用には慎重な配慮が必要だ。専門家は「VRやAIが作り出した世界は『リアル』ではなく、『リアルに基づいたドラマ』という理解を徹底しなければならない」と指摘している。

デジタル技術について「もろ刃の剣」と表現する専門家もいる。技術の利点を生かしながらも、「いろいろな方法を組み合わせ、補完し合いながら記憶を継承しなければならない」との指摘だ。

次世代への継承―若い世代の取り組み

被爆80周年を機に、若い世代の積極的な参画も進んでいる。原爆の惨禍をVRやAIの力で伝える活動に取り組む広島の高校生グループは、被爆者から直接聞いた証言を基に、同世代に向けた新しい伝承方法を模索している。

被爆者が長年訴え続けてきた「ネバーギブアップ」の精神は、日本被団協の元代表委員である故・坪井直さんの言葉として引き継がれている。この精神を次世代に確実に継承することが、80周年における最大の使命となっている。

未来への責任と行動

2025年の80周年を迎えて、私たちが直面している現実は厳しい。被爆者数の減少、高齢化の進行、そして依然として続く核の脅威。しかし同時に、新しい技術と若い世代の情熱により、記憶の継承方法は確実に進化している。

被爆者が長年訴え続けてきた「核兵器のない世界」の実現は、決して簡単な道のりではない。しかし、被爆から80年を経た今こそ、その願いを現実のものにするための具体的な行動が求められている。

一人一人ができることから始めることが重要だ。被爆体験を学ぶこと、平和について考えること、そしてその思いを周りの人々と共有すること。被爆者が命をかけて伝えようとしてきた「平和への願い」を、次の世代に確実につなげていく責任が、今を生きる私たちにはある。

投稿者 hana

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