2025年1月、インフルエンザ患者数が統計史上最多を記録

2025年1月、日本全国でインフルエンザの感染拡大が深刻化し、統計開始以来26年間で最大規模の流行が発生しました。厚生労働省が1月9日に発表したデータによると、2024年12月23日から29日の1週間に全国約5000の定点医療機関から報告されたインフルエンザ患者数は31万7812人に達し、現行の統計を開始した1999年以降で最多となりました。

さらに衝撃的なのは、1医療機関当たりの報告数が64.39人という数字です。これは従来の最高記録だった2019年第4週(1月21日〜27日)の57.18人を大幅に上回る、まさに歴史的な数値といえます。この数字が意味するのは、全国の医療機関が軒並みインフルエンザ患者の対応に追われている現実です。

258万人が1週間で罹患――想像を超える感染規模

定点医療機関のデータから推計すると、この1週間だけで約258.5万人がインフルエンザに罹患したと見られています。この数字は、日本の総人口の約2%に相当する膨大な人数です。前の週から約10万人増加しており、10週連続で増加し続けているという事実も、感染拡大の勢いが衰えていないことを示しています。

ほとんどの都道府県で警報レベルとされる定点当たり30人を上回っており、特に九州地方で深刻な状況が続いています。大分県では104.84人と100人を超え、鹿児島県で96.4人、佐賀県で94.36人と、九州各県が上位を占めています。これらの地域では医療機関がひっ迫し、通常診療に影響が出始めているとの報告もあります。

なぜこれほどまでに拡大したのか――複合的要因の分析

今シーズンのインフルエンザが過去最大規模の流行となった背景には、いくつかの要因が重なっています。

1. 免疫力の低下

新型コロナウイルス感染症の流行期間中、マスク着用や手洗い、ソーシャルディスタンスの徹底により、インフルエンザの流行が抑制されていました。その結果、多くの人が数年間インフルエンザウイルスに曝露されず、集団免疫が低下していた可能性が指摘されています。特に若年層では、過去3〜4年間インフルエンザに感染する機会がほとんどなかったため、免疫を持たない人の割合が増加していると考えられます。

2. 行動制限の緩和

2024年から2025年にかけて、新型コロナウイルス感染症に関する行動制限がほぼ完全に撤廃されました。マスク着用も個人の判断に委ねられ、大規模イベントや忘年会・新年会なども以前と同様に開催されるようになりました。この社会活動の正常化が、ウイルスの伝播を容易にしたと考えられます。

3. ウイルス株の特性

今シーズン流行しているインフルエンザウイルスは、A型(H3N2亜型)が主流となっています。このウイルス株は感染力が強く、症状も比較的重いことが知られています。また、ウイルスの遺伝子変異により、既存のワクチンとの抗原性が若干異なる可能性も指摘されており、ワクチン接種者でも感染するケースが報告されています。

4. ワクチン接種率の課題

今シーズンのインフルエンザワクチン接種率は、前年と比較してやや低下していたとの報告があります。新型コロナウイルスワクチンとの接種時期の調整や、ワクチン疲れなどが影響した可能性があります。高齢者や基礎疾患を持つハイリスク群でも、例年より接種率が低かったことが、重症化例の増加につながっている可能性があります。

医療現場の逼迫――救急外来に押し寄せる患者たち

インフルエンザ患者の急増により、全国の医療機関、特に救急外来が深刻な状況に直面しています。東京都内のある総合病院の救急担当医師は「夜間の救急外来は発熱患者であふれ返っており、待ち時間が3〜4時間に及ぶこともある」と語ります。

特に小児科では状況が深刻です。子どもは大人よりもインフルエンザに罹患しやすく、また高熱による脱水や熱性けいれんなどの合併症のリスクも高いため、保護者が夜間でも受診を希望するケースが多くなっています。小児科医の不足が叫ばれる中、現場の医師たちは休む間もなく診療に当たっており、医療従事者の疲弊も懸念されています。

さらに問題なのは、医療従事者自身がインフルエンザに罹患するケースも増加していることです。看護師や医師が感染して休職すると、さらに医療体制がひっ迫するという悪循環に陥っています。一部の医療機関では、軽症者向けの対応をオンライン診療に切り替えるなど、限られた医療資源を効率的に活用する工夫も始まっています。

社会への影響――学級閉鎖と経済活動への打撃

インフルエンザの流行は、教育現場にも大きな影響を与えています。全国各地で学級閉鎖や学年閉鎖、学校閉鎖が相次いでおり、文部科学省のまとめによると、1月中旬の時点で約5000校が何らかの臨時休業措置を取ったとされています。

学級閉鎖は子どもたちの学習機会の損失だけでなく、保護者の就労にも影響を及ぼします。特に共働き世帯では、急な学級閉鎖に対応するために仕事を休まざるを得ないケースが多く、企業の生産性にも影響が出始めています。

企業においても、従業員のインフルエンザ感染による欠勤が増加しており、業務の遂行に支障が出ているところもあります。製造業では生産ラインの人員確保が困難になり、サービス業では店舗の営業時間短縮を余儀なくされるケースも報告されています。経済専門家の試算では、今回のインフルエンザ流行による経済損失は数千億円規模に達する可能性があるとされています。

重症化のリスクと死亡例――高齢者と基礎疾患保有者への警戒

インフルエンザは通常、健康な成人であれば1週間程度で回復する疾患ですが、高齢者や基礎疾患を持つ人にとっては命に関わる危険な感染症となりえます。今シーズンも、インフルエンザに関連した死亡例が複数報告されています。

特に危険なのは、インフルエンザ脳症やインフルエンザ肺炎などの合併症です。インフルエンザ脳症は主に小児に発症し、急激な意識障害やけいれんを引き起こし、重度の後遺症を残したり死亡に至ったりする恐ろしい合併症です。今シーズンも数十例のインフルエンザ脳症が報告されており、保護者への注意喚起が強化されています。

高齢者では、インフルエンザをきっかけに肺炎を発症するケースが多く見られます。高齢者は免疫機能が低下しているため、ウイルスが肺に到達しやすく、また細菌による二次感染も起こしやすいのです。心疾患や糖尿病、慢性腎臓病などの基礎疾患を持つ人も、インフルエンザにより既存の病態が悪化するリスクが高く、十分な警戒が必要です。

今からでも遅くない――効果的な予防対策

インフルエンザの流行がピークを迎えている現在でも、適切な予防対策を講じることで感染リスクを大幅に低減できます。

1. ワクチン接種

流行のピークを迎えている現在でも、まだワクチン接種を受けていない方は接種を検討すべきです。ワクチンの効果が現れるまでには2週間程度かかりますが、今から接種しても流行の後半に対する予防効果が期待できます。特に高齢者、乳幼児、妊婦、基礎疾患を持つ方は優先的に接種することが推奨されます。

2. 基本的な感染対策の徹底

手洗いとうがいは最も基本的かつ効果的な予防法です。外出から帰宅したら、石鹸を使って30秒以上かけて丁寧に手を洗いましょう。アルコール消毒も効果的です。また、人混みではマスクを着用することで、飛沫感染のリスクを減らすことができます。

3. 体調管理と免疫力の維持

十分な睡眠、バランスの取れた食事、適度な運動により、免疫力を高く保つことが重要です。特に寒い時期は体温の低下により免疫機能が低下しやすいため、室温を適切に保ち、暖かい服装を心がけましょう。湿度を50〜60%に保つことも、ウイルスの活動を抑制し、気道粘膜の防御機能を維持するために有効です。

4. 人混みを避ける

流行期間中は、不要不急の外出を控え、特に混雑した場所への訪問を避けることが賢明です。やむを得ず人混みに出かける場合は、マスクを着用し、帰宅後は速やかに手洗いとうがいを行いましょう。

感染してしまったら――適切な対処法と隔離期間

もしインフルエンザに感染してしまった場合、適切に対処することで早期回復と感染拡大防止につながります。

早期受診の重要性

高熱(38度以上)、悪寒、頭痛、関節痛、筋肉痛などのインフルエンザ特有の症状が現れたら、早めに医療機関を受診しましょう。発症から48時間以内に抗インフルエンザ薬(タミフル、リレンザ、イナビルなど)を服用すれば、症状の重症化を防ぎ、回復を早めることができます。

ただし、発熱してすぐに検査を受けても、ウイルス量が少なく陽性反応が出ないことがあります。一般的には発症後12時間以降が検査に適した時期とされています。受診時には必ずマスクを着用し、他の患者への感染を防ぐよう配慮しましょう。

自宅での療養

診断後は自宅で十分な休養を取ることが最も重要です。解熱剤や抗インフルエンザ薬を適切に服用し、水分補給を心がけましょう。特に高熱が続くと脱水症状を起こしやすいため、こまめに水分を摂取することが大切です。

家族への感染を防ぐため、できるだけ個室で療養し、タオルや食器の共用は避けましょう。看病する家族もマスクを着用し、こまめな手洗いを実践することで感染リスクを減らせます。

出勤・登校の目安

学校保健安全法では、インフルエンザと診断された場合、「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」が出席停止期間と定められています。社会人についても、同様の基準を適用することが推奨されています。

解熱したからといってすぐに出勤・登校すると、他の人に感染を広げる可能性があります。十分な回復期間を取ることは、自分自身の健康のためだけでなく、社会全体の感染拡大防止のためにも重要です。

専門家の見解――今後の流行予測と警戒すべき点

感染症の専門家たちは、今シーズンのインフルエンザ流行について、さらなる拡大の可能性を警告しています。国立感染症研究所のデータ分析によると、流行のピークは1月下旬から2月上旬になると予測されており、まだしばらくは高い水準が続く見込みです。

東京大学医科学研究所の感染症専門医は、「新型コロナウイルス感染症の流行により、インフルエンザの自然感染が減少した結果、特に若年層で免疫が低下している。今後数年間は大規模な流行が繰り返される可能性がある」と指摘しています。

また、新型コロナウイルスとインフルエンザの同時感染(フルロナ)のリスクも懸念されています。両方のウイルスに同時に感染すると、症状が重症化しやすく、合併症のリスクも高まるとされています。そのため、インフルエンザワクチンと新型コロナウイルスワクチンの両方を接種することが推奨されています。

行政の対応――厚生労働省と自治体の取り組み

厚生労働省は、今回の記録的な流行を受けて、国民への注意喚起を強化しています。特に高齢者施設や医療機関、学校などの集団生活の場での感染対策の徹底を呼びかけています。

各都道府県でも、インフルエンザ警報を発令し、住民への注意喚起と予防啓発活動を展開しています。一部の自治体では、高齢者や低所得者向けのワクチン接種費用の助成を拡充するなど、感染拡大防止のための追加支援策を講じています。

医療機関への支援として、抗インフルエンザ薬の供給確保や、休日夜間診療体制の強化なども進められています。ただし、医療従事者の不足は構造的な問題であり、短期的な対応には限界があるのも事実です。

私たちができること――社会全体で感染拡大を防ぐために

インフルエンザの流行を抑えるためには、一人ひとりが感染予防と感染拡大防止に努めることが不可欠です。体調不良を感じたら無理をせず、早めに休養を取る。感染した場合は、完全に回復するまで自宅で療養する。このような当たり前の行動が、社会全体の感染拡大を防ぐ最も効果的な方法です。

企業や学校などの組織においても、体調不良者が無理に出勤・登校しなくても済むような環境づくりが重要です。テレワークの活用や、病気休暇取得への理解を深めることで、感染拡大のリスクを減らすことができます。

今回のインフルエンザ流行は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックから学んだ教訓を活かす機会でもあります。個人の感染予防対策、早期発見・早期治療、そして社会全体での協力――これらすべてが組み合わさることで、大規模な流行を乗り越えることができるのです。

2025年1月のインフルエンザ患者数過去最多という記録は、私たちに感染症対策の重要性を改めて思い起こさせるものとなりました。この経験を無駄にせず、今後の感染症対策に活かしていくことが、私たちに課された課題といえるでしょう。

投稿者 hana

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