今年の漢字は「熊」|過去最多被害の深刻な実態
2025年12月12日、京都・清水寺で発表された「今年の漢字」は「熊」。この選択の裏には、統計開始以来最悪となったクマ被害196人(死者13人)という衝撃的な数字と、国民的アイドル・パンダの中国返還という、2つの「熊」にまつわる重大な出来事がありました。政府は異例の「クマ被害対策パッケージ」を発動し、自衛隊OBの動員まで検討する事態に。環境変化が私たちの暮らしに迫る2025年、この一字が問いかけるものとは?
清水寺で揮毫された「熊」の一字
午後2時過ぎ、清水寺の森清範貫主が縦1.5メートル、横1.3メートルの大判和紙に「熊」の一字を力強く揮毫しました。森貫主は「熊」が選ばれたことについて、「報じられていたので、印象は大きかったと思う」と述べた上で、「地球の環境が変わってきた。われわれの身の回りに迫ってきていることを実感した」と語り、環境変化による野生動物との共生の難しさに言及しました。
森清範貫主は1940年生まれで、1995年の「今年の漢字」制度開始当初から30年間、一度も休むことなく揮毫を続けてきました。毎年、選ばれた漢字は日本漢字能力検定協会から封筒で届けられ、発表当日の午前11時に開封されます。その後、わずか2時間の準備時間で、一度も練習することなくぶっつけ本番で揮毫するという緊張感の中で、この伝統が守られています。書道家としての長年の修練と、清水寺の貫主としての責任感が、この30年間の伝統を支えてきたのです。
今年の漢字トップ5と投票結果
30周年を迎えた2025年は、全国から28万件を超える応募が寄せられました。これは過去最高水準の応募数であり、この行事への国民の関心の高さを示しています。
- 1位:熊(2万3346票、12.34%)
- 2位:米(2万3166票)- わずか180票差の僅差
- 3位:高(1万8300票)
- 4位:脈
- 5位:万
2位の「米」は、アメリカの大統領選挙や日米関係、米価の高騰などを反映したものと考えられ、「熊」とわずか180票差という僅差でした。この接戦ぶりは、2025年が「熊」だけでなく、国際情勢や経済問題でも大きな動きがあった年であることを物語っています。
揮毫された「熊」の巨大な書は、清水寺本堂で12月22日まで展示された後、12月23日から京都市東山区の漢字ミュージアムに移され、一般公開されます。
衝撃の統計:過去最悪を記録したクマ被害の実態
2025年のクマ被害は統計開始以来最悪の数字を記録しました。4月から10月までのクマによる死者数は12人に達し、2006年度の統計開始以降で過去最多となりました。さらに11月には秋田県湯沢市で女性が死亡する事故があり、11月までの死亡事例は13件に上っています。
2025年クマ被害統計(4月~10月)
- 死傷者総数:196人(速報値)
- 死亡者数:12人(11月までに13人)
- 10月単月の死傷者:88人(統計開始以降、1カ月間で最多)
- 地域別最多:秋田県56人、岩手県34人、福島県20人
- クマの種類別:ツキノワグマ190人、ヒグマ6人
この数字は、年間の人的被害が最も深刻だった2023年度の同時期(182人)を上回り、統計史上最悪のペースで推移しました。特に注目すべきは、2025年4月だけでクマによる人身被害が全国で11名を記録し、直近5年間の4月における平均3名と比較して、例年の3倍以上のペースとなったことです。
なぜここまで被害が増えたのか?専門家が指摘する3つの要因
- 餌不足:ブナの実の大凶作
東北地方などでブナの実が大凶作となり、餌不足によりクマが人里に出没せざるを得ない状況が生まれました。ブナの実は4年から7年の周期で豊凶を繰り返しますが、2025年は特に厳しい凶作年となり、クマが代替の食料を求めて広範囲に移動することとなりました。 - 気候変動による生態系の変化
温暖化により冬眠のタイミングがずれ、クマの活動期間が長期化しています。通常は11月中旬から冬眠に入るはずが、暖冬傾向により12月に入っても活動を続けるクマが増加。また、春の雪解けも早まり、冬眠明けの時期が早くなったことで、年間の活動期間が延びています。 - 過疎化と里山の荒廃
人間の生活圏と野生動物の生息域の境界が曖昧になり、里山の管理が行き届かなくなったことで、クマが人里に近づきやすくなりました。かつては人間の活動により森林と農地の境界に緩衝帯が自然に形成されていましたが、過疎化と高齢化により、この緩衝帯が失われつつあります。
2025年は雪解けの早い4月から被害が急増し、秋には冬眠前の栄養摂取のため、クマの活動が特に活発化しました。その結果、学校の休校、イベントの中止、登山道の閉鎖など、社会生活全般に大きな影響を及ぼす事態となりました。特に東北地方の一部地域では、子どもたちの登下校時に保護者や自治体職員が付き添う体制を取らざるを得ない状況が続き、地域住民の生活に深刻な影響を与えています。
政府が打ち出した「クマ被害対策パッケージ」の全貌
深刻化するクマ被害を受け、政府は2025年11月14日、首相官邸でクマ被害に関する関係閣僚会議を開催し、「クマ被害対策パッケージ」を決定しました。これは、従来の「保護」重視から「駆除・管理」重視への大きな政策転換を意味します。
緊急的対応:異例の自衛隊・警察OB動員
- 警察によるライフル銃を使用したクマの駆除:人身被害の危険が高い地域で、警察官による緊急駆除を実施。警察官は通常、対人用の拳銃を携帯していますが、クマ駆除に有効なライフル銃の使用訓練を受け、緊急時に対応できる体制を整備します。
- 自衛隊OB、警察OB等への協力要請:銃器取扱い経験者を活用し、ハンター不足を補完。現役時代に射撃訓練を受けた元自衛隊員や元警察官に対し、狩猟免許の取得を促し、地域の捕獲従事者として活躍してもらう仕組みを構築します。
- 自衛隊による後方支援:箱わなの設置、搬送、見回りなど非武器使用の支援活動。法令上、自衛隊が野生動物の駆除のために武器を使用することはできませんが、重量のある箱わなの運搬や設置、見回りなどの後方支援活動により、地域のクマ対策を支援します。
短期的対応:捕獲体制の強化
- 春季のクマ捕獲強化:冬眠明けの時期から積極的な捕獲を実施。従来は秋の被害が多いことから秋季の捕獲に重点が置かれていましたが、2025年の教訓から、春季の早期捕獲により被害を未然に防ぐ方針に転換します。
- 捕獲単価の増額:ハンターへの報酬を引き上げ、捕獲のインセンティブを強化。従来1頭あたり1万円程度だった報酬を、地域によっては3万円以上に引き上げることで、ハンターの確保を図ります。
- ガバメントハンターの人件費や資機材等の支援:専門的な捕獲従事者の育成と支援。地方自治体が直接雇用する「ガバメントハンター」制度を拡充し、年間を通じて安定した収入が得られる職業として成り立つよう支援します。
- 緩衝帯の整備:森林と人間の生活圏の間に緩衝地帯を設置。森林の縁から50~100メートル程度の範囲を伐採・刈払いし、クマが人里に近づきにくい環境を整備します。
- 誘因物の撤去:農作物や生ゴミなど、クマを誘引する要因を除去。放置された柿の木や栗の木の伐採、生ゴミの適切な管理など、クマを人里に引き寄せる要因を徹底的に排除します。
- 電気柵の設置:農地や住宅地周辺に電気柵を設置し、侵入を防止。従来の農作物被害防止に加え、住宅地への侵入防止を目的とした電気柵の設置を推進します。
中期的対応:持続可能な管理体制の構築
- 自治体における専門人材の育成:野生動物管理の専門家を各自治体で養成。大学や専門機関と連携し、科学的根拠に基づくクマ管理ができる人材を育成します。
- 高度な捕獲技術を持つ事業者・捕獲技術者(ガバメントハンター等)の育成:職業として成り立つ捕獲従事者の制度化。従来のハンターは兼業が多く、高齢化も進んでいることから、若手の専業ハンターを育成する制度を整備します。
- 地域ごとの捕獲目標頭数を明記した対策ロードマップ(工程表)を年度内に策定:科学的根拠に基づく個体数管理の実施。GPS首輪による追跡調査や糞DNA分析などの科学的手法を用いて個体数を推定し、適正な捕獲目標を設定します。
議長の木原稔官房長官は会議で、地域ごとの具体的な捕獲目標を設定し、保護重視から駆除・管理重視への政策転換を加速させる方針を示しました。ただし、有事や正当防衛などの場合を除き、訓練以外での自衛隊の武器使用は認められておらず、野生動物を銃器で駆除することは法令上想定していないため、自衛隊の役割は箱わなの設置といった後方支援にとどまります。
財政支援:交付金による自治体支援
政府は交付金等による速やかな支援を実施し、主な対象経費として、ハンターへの手当等の捕獲推進にかかる費用、ガバメントハンター人件費、資機材購入費、緩衝帯整備費、電気柵設置費などが含まれます。これにより、自治体の財政負担を軽減し、実効性のある対策を推進する狙いです。総額で数十億円規模の財政支援が見込まれており、クマ被害対策に本腰を入れる政府の姿勢が示されています。
もう一つの「熊」の物語:パンダ返還で日本中が涙
「熊」が選ばれたもう一つの理由は、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドから中国へのパンダ返還でした。2025年6月28日、「良浜(らうひん)」(24歳)、「結浜(ゆいひん)」(8歳)、「彩浜(さいひん)」(6歳)、「楓浜(ふうひん)」(4歳)の4頭のメスパンダが中国・成都市のジャイアントパンダ繁育研究基地に返還されました。
返還の理由:高齢パンダの安心と若手の繁殖のため
1994年から続いた中国とのパンダ保護共同プロジェクトの契約期間が8月で満了となることを受け、双方で協議した結果、暑さに弱いパンダに負担をかけないため、比較的気温の涼しい6月に返還することが決定されました。
母親「良浜」は24歳という高齢(人間で言えば70歳以上に相当)で、高齢のパンダが安心して暮らすための施設や医療体制が整う中国で穏やかに過ごすことが望ましいとの専門家の意見がありました。また、娘の3頭については将来の繁殖を目指しパートナーを探すために中国に帰国することとなりました。
永明の訃報:32年の生涯に幕
楓浜と良浜の父親である永明は、1992年9月14日に中国の北京動物園で生まれ、1994年にアドベンチャーワールドに来園。2023年2月に中国の成都ジャイアントパンダ繁育研究基地へ戻り、2025年1月に32年の生涯を終えました。パンダファンにとって、永明の訃報も「熊」にまつわる悲しい出来事として記憶に残る年となりました。
アドベンチャーワールドとパンダの歴史
アドベンチャーワールドは1994年以来、中国との共同研究により、日本国内で最も多くのパンダ繁殖に成功してきました。永明は父親として16頭の子どもをもうけ、世界的にも希少なジャイアントパンダの繁殖に大きく貢献しました。4頭の返還により、アドベンチャーワールドのパンダは一時ゼロとなる可能性もあり、多くのファンが別れを惜しみました。
歴代「今年の漢字」30年の歩み
「今年の漢字」は1995年に始まり、2025年で30周年を迎えました。過去30年間で最も多く選ばれた漢字は「金」で5回(2024年、2021年、2016年、2012年、2000年)、次いで「税」と「戦」と「災」がそれぞれ2回選ばれています。
直近5年間の今年の漢字
- 2025年:熊(クマ被害過去最多、パンダ返還)
- 2024年:金(パリ五輪の金メダルラッシュ、裏金問題、新紙幣発行、金価格高騰)
- 2023年:税(増税議論、インボイス制度開始)
- 2022年:戦(ロシアのウクライナ侵攻)
- 2021年:金(東京五輪の金メダルラッシュ)
災害に関する漢字の選出:自然の脅威を映す鏡
過去30年を振り返ると、災害に関する漢字も多く選ばれています。1995年の「震」は阪神・淡路大震災、2004年と2018年の「災」は新潟県中越地震や台風被害、西日本豪雨などを反映しています。2025年の「熊」も、ある意味で自然災害の一種として捉えることができ、人間の安全を脅かす自然の脅威という観点で、過去の災害関連の漢字と共通点があります。
「熊」が問いかける人間と自然の共生
2025年の「熊」は、単なる漢字一字を超えて、現代社会が直面する環境問題と野生動物との共生の難しさを象徴しています。クマ被害の増加は、気候変動、森林開発、人口減少による過疎化など、複合的な社会問題の表れです。
一方で、パンダの返還は、国際的な野生動物保護の枠組みの中で、繁殖と種の保存という重要な使命を果たすための決断でもありました。同じ「熊」でも、ツキノワグマやヒグマとパンダでは、人間との関わり方がまったく異なります。
森貫主の「地球の環境が変わってきた。われわれの身の回りに迫ってきていることを実感した」という言葉は、2025年という年が、人間と自然の境界線が曖昧になり、共生の在り方を真剣に考えなければならない時代に突入したことを示唆しています。
今後の課題:科学的管理と感情のバランス
クマ被害対策においては、科学的根拠に基づく個体数管理と、野生動物保護という感情的側面のバランスが重要です。一方的な駆除は生態系のバランスを崩す可能性があり、かといって保護を優先すれば人命が危険にさらされます。政府の対策パッケージは、この難しいバランスを取りながら、実効性のある対策を目指すものと言えるでしょう。
まとめ:2025年を象徴する「熊」という一字
2025年の「今年の漢字」として「熊」が選ばれたことは、日本社会がこの1年間に直面した課題を端的に表現しています。過去最多のクマ被害による人命の喪失、政府による異例の対策パッケージの策定、そして国民的アイドルだったパンダとの別れ。この一字には、自然の脅威、環境変化、そして野生動物との共生という多層的なメッセージが込められています。
30周年という節目の年に選ばれた「熊」は、次の30年を見据えて、人間と自然がどのように共存していくべきかという重要な問いを、私たちに投げかけています。クマ被害対策の強化と同時に、生態系の保全、気候変動への対応、そして持続可能な社会の構築が求められる時代において、2025年の「熊」は忘れられない一字として記憶されることでしょう。
揮毫された「熊」の文字は、12月23日から漢字ミュージアムで一般公開されます。この一字を前に、一人ひとりが自然との共生について考える機会としたいものです。そして、2026年の「今年の漢字」が、より希望に満ちた明るい一字となることを願いながら、2025年を振り返る時期が訪れています。
