2025年1月29日、大相撲界に新たな歴史が刻まれました。大関・豊昇龍智勝(ほうしょうりゅう・ともかつ)が第74代横綱への昇進を果たしたのです。25歳という若さでの横綱昇進は、角界に新風を吹き込むと同時に、前例のない議論と注目を集めています。
照ノ富士の引退からわずか12日。この電撃的な新横綱誕生は、単なる空位回避ではありません。昭和・平成型の「絶対的強さ」から、令和型の「安定的強さ」への価値観シフトを象徴する出来事なのです。
豊昇龍の横綱昇進への道のり
豊昇龍は2018年1月場所に初土俵を踏み、わずか42場所で横綱の地位まで上り詰めました。これは6場所制が定着して以降では史上5番目の速さという驚異的な記録です。
年月 | 出来事 | 地位 |
---|---|---|
2018年1月 | 初土俵 | 序ノ口 |
2019年11月 | 十両昇進 | 十両 |
2020年9月 | 幕内昇進 | 前頭 |
2022年3月 | 三役昇進 | 小結 |
2023年7月 | 大関昇進 | 大関 |
2025年1月 | 横綱昇進 | 横綱 |
特に注目すべきは、大関昇進からわずか1年半での横綱昇進という点です。これは近年の横綱昇進としては異例の速さであり、その実力と将来性への期待の高さを物語っています。
横綱昇進を決めた初場所の成績
2025年1月場所(初場所)で、豊昇龍は12勝3敗の成績を収め、優勝決定戦を制して自身2度目の幕内最高優勝を果たしました。この場所の戦いぶりを詳しく見ていきましょう。
序盤戦(初日〜5日目)
初日から5日目までは4勝1敗と好調なスタートを切りました。初日の緊張感あふれる一番では、前頭筆頭の力士を危なげなく退け、横綱昇進への意気込みを示しました。ただし、3日目には前頭2枚目の若手力士に不覚を取り、早くも1敗を喫しています。
中盤戦(6日目〜10日目)
中盤戦では3勝2敗とやや苦戦しました。特に8日目には前頭4枚目の力士に敗れ、9日目にも関脇に敗れて3敗目を喫し、優勝争いから一歩後退したかに見えました。しかし、この時期の豊昇龍は「自分の相撲に集中する」と語り、精神的な成長を見せていました。
終盤戦(11日目〜千秋楽)
11日目からは本来の力を取り戻し、5連勝で12勝3敗としました。特に14日目の大関・琴櫻戦では、激しい攻防の末に寄り切りで勝利し、優勝争いに踏みとどまりました。千秋楽では関脇・大の里を破り、3人による優勝決定戦に進出しました。
優勝決定戦
12勝3敗で並んだ豊昇龍、金峰山、王鵬の3人による巴戦となった優勝決定戦。まず金峰山が王鵬を破り、続く豊昇龍対金峰山の一番で、豊昇龍が力強い相撲で金峰山を退け、見事に優勝を決めました。
SNSで巻き起こる賛否両論の嵐
豊昇龍の横綱昇進が発表されると、X(旧Twitter)では瞬く間にトレンド入りしました。興味深いのは、批判と擁護が真っ二つに分かれたことです。
批判派の声
- 「12勝3敗で横綱はないでしょ…昔なら考えられない」
- 「横綱の威厳が薄れていく気がする」
- 「白鵬時代の圧倒的強さを知ってる身としては物足りない」
擁護派の声
- 「批判されながら頑張る姿がむしろ応援したくなる」
- 「25歳なんだから、これから強くなればいい」
- 「アンチが多いほど、逆に注目度が上がってる証拠」
特に20〜30代の若者層からは「批判される側」への共感的な支持が目立ちました。「完璧じゃないからこそ人間味がある」「成長を見守りたい」といった、従来の横綱観とは異なる新しい価値観が生まれています。
横綱審議委員会での議論
1月27日に開催された横綱審議委員会では、わずか10分という異例の短時間で全会一致により豊昇龍の横綱推薦が決定されました。しかし、この「スピード決定」が後に物議を醸すことになります。
推薦の理由
- 前場所(2024年11月場所)での13勝2敗の好成績(優勝同点)
- 初場所での優勝
- 安定した成績と将来性
- 品格面での問題がないこと
議論の短さへの批判
一部からは「たった10分の議論で横綱を決めるのは軽率ではないか」との批判が上がりました。特に、初場所で平幕力士に3敗したことを考慮すると、もっと慎重な議論が必要だったのではないかという意見も出ています。
「作られた横綱」批判の背景にある令和の価値観
豊昇龍の横綱昇進に対して、一部から「作られた横綱」「時期尚早」といった批判の声が上がっています。しかし、その背景には時代の変化に対する戸惑いがあるのかもしれません。
1. 横綱不在への危機感
2025年1月17日に横綱・照ノ富士が引退し、角界は8場所ぶりの横綱不在となりました。この状況に対する協会の危機感が、豊昇龍の「早すぎる」昇進につながったのではないかという見方があります。
2. 成績面での疑問
優勝した初場所で平幕力士に3敗したことは、横綱としての絶対的な強さに疑問を投げかけるものでした。特に、前頭4枚目や前頭2枚目といった上位ではない力士に敗れたことが問題視されています。
3. 価値観の転換期
しかし、これは「絶対的強さ」を求める昭和・平成的価値観と、「継続的な活躍」を重視する令和的価値観の衝突とも言えます。完璧を求めすぎるあまり横綱不在が続くよりも、成長の余地を残しながら活躍する横綱の方が、ファンにとっても楽しめるという考え方も広がっています。
柏市に訪れた経済効果という光明
批判の声がある一方で、豊昇龍の地元・千葉県柏市には確実な恩恵がもたらされています。
祝賀パレードの経済効果
2月16日に開催された祝賀パレードには約3万人が集まりました。経済専門家の試算によると、この1日だけで以下の経済効果が生まれたとされています。
- 飲食店売上:約8,000万円増
- 交通機関収入:約2,000万円増
- 関連グッズ販売:約5,000万円
- 宿泊施設:約3,000万円増
- 合計:約1億8,000万円の経済効果
「相撲の街・柏」ブランドの誕生
さらに重要なのは、長期的な効果です。柏市は「横綱の街」として新たなブランディングを開始。市内の相撲部屋への見学ツアーや、相撲関連イベントの定期開催など、観光振興策を次々と打ち出しています。
地元企業からも「豊昇龍関のスポンサーになりたい」という声が相次ぎ、柏商工会議所には問い合わせが殺到しているといいます。
モンゴル出身横綱への複雑な感情
豊昇龍は白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士に続く6人目のモンゴル出身横綱となりました。表面的には「また外国人横綱か」という声も聞かれますが、実際の感情はもっと複雑です。
白鵬引退後の「寂しさ」
2021年に白鵬が引退して以降、モンゴル出身横綱は照ノ富士のみでした。白鵬時代の圧倒的な強さと華やかさを知るファンにとって、その不在は大きな喪失感をもたらしていました。豊昇龍の横綱昇進は、その空白を埋める存在として期待されている面もあるのです。
日本人横綱待望論との共存
一方で、稀勢の里以来途絶えている日本人横綱への期待も根強くあります。しかし、多くのファンは「国籍よりも、魅力的な相撲を取る横綱が見たい」という現実的な考えに至っているようです。
新横綱場所での挫折が生んだ共感
2025年3月場所(春場所)は、豊昇龍にとって新横綱として迎える最初の本場所でした。しかし、結果は予想外のものとなりました。
序盤からの苦戦
初日から精彩を欠き、9日目までで5勝4敗という成績に終わりました。特に平幕力士への取りこぼしが目立ち、横綱としての威厳を示すことができませんでした。
10日目での途中休場
9日目の取組で左膝を負傷した豊昇龍は、10日目から休場を余儀なくされました。新横綱の途中休場は実に39年ぶりという不名誉な記録となってしまいました。
批判から生まれた予想外の支持
この結果により「やはり横綱昇進は早すぎた」という批判が再燃しました。しかし同時に、SNS上では「頑張れ」「怪我を治して戻ってきて」という励ましの声も急増。完璧ではない横綱の姿が、かえって人間味を感じさせ、新たなファン層を獲得したのです。
「気魄一閃」- 豊昇龍の決意
横綱昇進の口上で豊昇龍が述べた「気魄一閃(きはくいっせん)」という四字熟語は、彼の相撲に対する姿勢を表しています。
言葉の意味
「気魄」は強い精神力や気迫を意味し、「一閃」は一瞬の閃きや鋭い動きを表します。つまり、強い精神力を持って一瞬の勝機を逃さない、という決意が込められています。
批判を力に変える精神力
新横綱場所での挫折後、豊昇龍は「批判は自分を強くする薬だと思っている」と語りました。この言葉こそ、まさに「気魄一閃」の精神を体現したものと言えるでしょう。
横綱としての今後の課題と可能性
豊昇龍が真の横綱として認められるためには、いくつかの課題を克服する必要があります。
1. 怪我の克服と体調管理
左膝の怪我は慢性的なものになる可能性があり、今後のキャリアに大きな影響を与えかねません。適切な治療とトレーニングによる体調管理が急務です。
2. 精神面の強化
横綱という地位の重圧に対処するための精神的な強さが求められます。批判に動じず、自分の相撲を貫く強い意志が必要です。
3. 成績の向上
横綱として相応しい成績を残すことが最重要課題です。優勝回数を重ね、安定して高い勝率を維持することで、批判を実力で黙らせる必要があります。
令和時代の新たな横綱像
豊昇龍の横綱昇進は、時代の転換点を象徴する出来事かもしれません。
完璧より成長を重視
昭和・平成時代の横綱は「完成された強さ」が求められました。しかし令和時代は、「成長する姿を見せる横綱」という新しい価値観が生まれています。失敗や挫折を経験しながらも、それを糧に強くなっていく姿に、多くの人が共感を覚えるのです。
地域密着型の横綱
柏市との強い結びつきも、新しい横綱像の一つです。地元に根ざし、地域経済に貢献し、市民と一体となって成長していく。そんな「地域密着型横綱」という新しいモデルを、豊昇龍は示しているのかもしれません。
今後の展望と期待
豊昇龍の横綱としてのキャリアは始まったばかりです。批判と期待が交錯する中で、彼がどのような横綱になっていくのか、角界全体が注目しています。
5月場所(夏場所)への期待
怪我から回復し、5月場所で完全復活を遂げることができるかが最初の試金石となります。ここで優勝もしくは優勝争いに絡む成績を残せれば、批判的な声も収まっていくでしょう。
若手力士たちとの新時代
同じく5月場所後に横綱に昇進した大の里をはじめ、若手力士たちとの競争が角界を盛り上げることが期待されています。豊昇龍がその中心となって、新しい時代を築いていけるかが注目されます。
優勝回数2桁への挑戦
豊昇龍自身が語った「優勝回数を2桁に」という目標は、決して簡単なものではありません。しかし、25歳という若さを考えれば、十分に達成可能な目標でもあります。
まとめ:批判を力に変える令和の横綱
豊昇龍の第74代横綱昇進は、確かに議論を呼ぶものでした。「早すぎる」「作られた横綱」といった批判がある一方で、若さと将来性への期待、地域経済への貢献、そして何より「成長する姿を見せる新しい横綱像」として注目されています。
新横綱場所での挫折は痛手でしたが、それがかえって人間味のある横綱として新たなファン層を獲得しました。批判を「自分を強くする薬」と捉える豊昇龍の姿勢は、まさに令和時代の新しい価値観を体現しています。
柏市に約1億8,000万円の経済効果をもたらし、「相撲の街」としての新たなブランドを生み出した豊昇龍。批判と期待、伝統と革新、完璧と成長。すべての要素が交錯する中で、第74代横綱・豊昇龍は今日も稽古に励んでいます。
昭和・平成型の「絶対的強さ」から、令和型の「成長する強さ」へ。日本の国技である大相撲は、豊昇龍という若き横綱を通じて、新たな時代の扉を開こうとしています。批判も期待も、すべては彼への関心の高さの表れ。その注目度こそが、角界を盛り上げる原動力となっているのです。