あなたの職場は大丈夫?名門医科大学で起きた前代未聞の不祥事

「もう限界です。こんな職場では患者さんを守れません」

2020年夏、東京女子医科大学病院の看護師たちから悲痛な声が上がった。約400人もの看護師が一斉退職を表明するという前代未聞の事態。その背後には、後に2億5000万円もの背任容疑で逮捕されることになる岩本絹子元理事長(78歳)の独裁的経営があった。

2025年1月13日、ついに警視庁が動いた。東京女子医科大学の元理事長・岩本絹子容疑者(78歳)が背任容疑で警視庁に逮捕されたのだ。日本初の女子医学専門教育機関として1900年に創立された同大学の124年の歴史において、理事長経験者が逮捕されるという前代未聞の事態。この事件は、単なる個人の犯罪を超えて、日本の私立大学におけるガバナンス(組織統治)の構造的問題を浮き彫りにしている。

本記事では、事件の詳細な経緯、岩本容疑者の人物像、事件の背景にある大学運営の問題点、そして日本の私学が抱える構造的課題について、徹底的に検証していく。

事件の全貌:2億5000万円に及ぶ不正支出の手口

第一の背任容疑:新校舎建設工事を巡る1億1700万円の不正

警視庁捜査2課によると、岩本容疑者は2018年7月から2020年2月にかけて、東京女子医大の新校舎建設工事に関連し、実態のないアドバイザー契約を悪用して大学に損害を与えた疑いが持たれている。

具体的な手口は以下の通りだ:

  1. 架空のアドバイザー契約の締結
  2. 60代の男性一級建築士と「建築アドバイザー」契約を締結
  3. 実際には助言業務を行っていないにもかかわらず、報酬を支払う契約を結ぶ
  1. 21回にわたる不正支出
  2. 約1年7か月の間に21回にわたって報酬を支払い
  3. 総額は約1億1700万円に上る
  1. キックバックの仕組み
  2. 支払われた報酬のうち約3700万円が元女性職員を通じて岩本容疑者に還流
  3. 還流した資金は高級ブランド品の購入などに使用された疑い

第二の背任容疑:新病院棟建設での1億7000万円の不正

2025年2月3日、岩本容疑者は再逮捕された。今度は別の建設プロジェクトでの背任容疑だ。

新病院棟の建設工事において:

  • 設計監理料として適正額の約10倍に当たる金額を支払い
  • 総額約1億7000万円の損害を大学に与えた疑い
  • このうち約5000万円が岩本容疑者に還流したとみられる

捜査で明らかになった驚くべき蓄財

警視庁の家宅捜索により、岩本容疑者の自宅や関係先から以下が発見された:

  • 現金と金塊合わせて約4億円相当
  • 「ためこむ目的」で不正に得た資金を蓄財していた可能性

これらの発見は、長期間にわたる組織的な不正の存在を示唆している。

岩本絹子という人物:「女帝」と呼ばれた独裁者の素顔

医師から経営者への転身

岩本絹子容疑者の経歴を振り返ると、その野心的な人物像が浮かび上がる。

  • 1973年:東京女子医科大学医学部卒業
  • その後:東京都江戸川区で産婦人科クリニックを開業
  • 2014年:母校の副理事長に就任
  • 2019年:理事長に昇格

医師としてのキャリアから大学経営者への転身は、一見すると母校への恩返しのようにも見える。しかし、実際にはそこに権力への執着が潜んでいた。

財政再建の立役者から独裁者へ

岩本容疑者は理事長就任後、以下のような実績を上げた:

  1. 財政再建の成功
  2. 3期連続の赤字だった大学財政を2017年度に黒字転換
  3. 経営手腕は高く評価された
  1. 権力の集中
  2. 財政再建の功績を背景に権限を集中
  3. 反対意見を封じ込める「恐怖政治」を展開
  1. 独裁的経営の実態
  2. 理事会での反対意見を許さない雰囲気を醸成
  3. 「女帝」と陰で呼ばれるほどの独裁体制を確立

内部告発者が語る恐怖支配

事件の告発者となった大学関係者は、岩本容疑者の経営手法について以下のように証言している:

「大変独裁的でした。理事会では誰も反対できない雰囲気があり、岩本理事長の提案はすべて通ってしまう。まさに『一強体制』でした」

この証言は、大学という教育機関において、いかに民主的なガバナンスが機能していなかったかを物語っている。

事件の背景:2014年の医療事故から始まった権力集中

プロポフォール事故がもたらした組織の変質

岩本容疑者の権力集中の契機となったのは、2014年に起きた医療事故だった。

事故の概要

  • 2歳男児が鎮静剤プロポフォールの過剰投与により死亡
  • 大学は医療事故を認め、遺族に謝罪
  • 社会的信頼が大きく失墜

この事故を受けて、大学は経営改革を迫られた。その改革の旗手として白羽の矢が立ったのが、当時副理事長だった岩本容疑者だった。

危機を利用した権力掌握

岩本容疑者は、大学の危機的状況を巧みに利用して権力を掌握していった:

  1. 「改革」の名の下での人事掌握
  2. 反対派の理事を次々と排除
  3. 自身に忠実な人物を要職に配置
  1. 情報統制の強化
  2. 理事会の議事録を都合よく改ざん
  3. 不都合な情報の隠蔽体質を確立
  1. 恐怖による支配
  2. 反対意見を述べた職員への報復人事
  3. 「岩本理事長に逆らえば大学にいられなくなる」という恐怖心を植え付け

被害の実態:看護師400人の退職騒動が示す組織の疲弊

2020年夏のボーナスカット騒動

岩本体制の問題点が最も顕著に現れたのが、2020年夏の看護師大量退職騒動だった。

現場の看護師の証言(30代女性・当時勤務):

「コロナ禍で必死に働いている私たちに対して、『経営が厳しいから』の一言で夏のボーナスが7割カットされました。同じ時期に理事長は高級外車を購入したという噂も流れ、もう信じられませんでした。患者さんのために頑張りたくても、こんな組織では無理だと思いました」

騒動の経緯

  • コロナ禍を理由に看護師の夏季賞与を大幅カット(平均7割減)
  • 約400人の看護師が一斉退職を表明
  • 実際に100人以上が退職、医療現場が混乱
  • 患者の手術延期など実害も発生

この騒動は、岩本容疑者の経営が現場の職員をいかに軽視していたかを示す象徴的な出来事となった。現場で命を守る看護師たちを「コスト」としか見ていなかった経営陣の姿勢が、後の犯罪につながる予兆だったのかもしれない。

教職員のモラール低下

岩本体制下での東京女子医大では、以下のような問題が常態化していた:

  1. 意思決定の不透明性
  2. 重要な決定が理事長の一存で行われる
  3. 現場の意見が全く反映されない
  1. 評価制度の恣意性
  2. 理事長に忠実な職員だけが昇進
  3. 実力や実績が正当に評価されない
  1. 組織全体の士気低下
  2. 「何を言っても無駄」という諦めの蔓延
  3. 優秀な人材の流出が加速

大学の対応:遅すぎた自浄作用

2024年8月の理事長解任

内部告発を受けて、大学は2024年8月7日の臨時理事会で岩本容疑者を理事長職から解任した。しかし、この対応は明らかに遅すぎた。

解任までの経緯

  • 複数の内部告発があったにもかかわらず、長期間放置
  • 週刊誌報道で世論の批判が高まってようやく動き出す
  • 解任後も大学への立ち入りを禁止するのみで、刑事告発は遅れる

新体制での改革の試み

現理事長の清水達雄氏は、事件発覚後の記者会見で以下のように述べた:

「ガバナンス不全があったことは否定できない。前理事長の専制的な意思決定を許してしまった責任は重い。今後は透明性のある大学運営を心がける」

しかし、この発言も「なぜもっと早く対応できなかったのか」という疑問を残す。

日本の私立大学が抱える構造的問題

理事長への権限集中という病理

東京女子医大の事件は、日本の私立大学に共通する構造的問題を浮き彫りにしている。

問題点

  1. チェック機能の欠如
  2. 理事長の権限を制限する仕組みが不十分
  3. 監事や評議員会が形骸化
  1. 閉鎖的な意思決定
  2. 重要事項が密室で決定される
  3. 教職員や学生の声が反映されない
  1. 人事の恣意性
  2. 理事長の一存で重要人事が決まる
  3. 実力主義ではなく忠誠心が重視される

他大学でも相次ぐ不祥事

実際、東京女子医大以外でも、私立大学の理事長を巡る不祥事は後を絶たない:

  • 日本大学:アメフト部の危険タックル問題での対応の拙さ
  • 東京医科大学:入試での女性差別問題
  • 関西学院大学:理事長の公金流用疑惑

これらの事例は、いずれも理事長への過度な権限集中が背景にある。

再発防止への提言:透明性とチェック機能の強化

1. ガバナンス改革の必要性

私立大学の健全な運営のためには、以下の改革が不可欠だ:

理事会改革

  • 外部理事の割合を増やし、内部の論理に偏らない意思決定を
  • 理事の任期制限を設け、長期政権化を防ぐ
  • 理事会議事録の公開を義務化

監査機能の強化

  • 監事の独立性を確保し、実効性のある監査を実施
  • 内部監査部門の設置と権限強化
  • 外部監査の定期的実施

2. 情報公開の徹底

大学運営の透明性を高めるため:

  • 財務情報の詳細な公開
  • 重要な意思決定プロセスの可視化
  • ステークホルダーへの説明責任の明確化

3. 内部通報制度の実効性確保

不正の早期発見・是正のため:

  • 通報者保護の徹底
  • 外部の第三者機関への通報ルートの確保
  • 通報に基づく調査の義務化

事件が問いかけるもの:教育機関の公共性とは

私立大学の社会的責任

東京女子医大の事件は、私立大学といえども高い公共性を持つという事実を改めて認識させる。

大学の公共的使命

  • 次世代の人材育成
  • 学術研究による社会貢献
  • 地域医療への貢献(医科大学の場合)

これらの使命を果たすためには、私的利益の追求ではなく、公正で透明な運営が不可欠だ。

補助金という公金の重み

事件を受けて、日本私立学校振興・共済事業団は東京女子医大への2024年度の私学助成金を全額不交付とすることを決定した。

この決定は、以下の点で重要な意味を持つ:

  • 公金である補助金を受ける以上、高い倫理性が求められる
  • 不正があれば厳しい制裁が科される
  • 他の私立大学への警鐘となる

まとめ:事件から学ぶべき教訓

東京女子医科大学の背任事件は、単なる個人の犯罪として片付けることはできない。この事件が浮き彫りにしたのは、日本の私立大学が抱える構造的な問題である。

主な教訓

  1. 権力の集中は必ず腐敗を生む
  2. どんなに優秀な人物でも、チェックされない権力は暴走する
  3. 民主的なガバナンスの重要性
  1. 透明性なくして信頼なし
  2. 密室での意思決定は不正の温床となる
  3. 情報公開と説明責任の徹底が必要
  1. 現場の声を軽視する組織は衰退する
  2. 教職員のモラール低下は組織の崩壊につながる
  3. ボトムアップの意思決定プロセスの確立
  1. 公共性の自覚なき私学に未来はない
  2. 私立大学も社会的責任を負う
  3. 公正で倫理的な運営が求められる

岩本絹子容疑者の逮捕は、日本の大学界にとって大きな転換点となるかもしれない。この事件を他山の石として、すべての大学が自らのガバナンスを見直し、真に社会に貢献する教育機関として生まれ変わることを期待したい。

教育は国の未来を作る。その教育機関が不正にまみれていては、日本の未来は暗い。今こそ、大学改革の機運を高め、透明で公正な大学運営を実現すべき時である。

(了)

投稿者 hana

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